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│ │ れなりの知識もあったし、新しいものを造ろうという情熱もあった。でも全
│ │ 部失敗でした。しばらくは諦めてなすがままにしていたら、そのうち焼酎の
│ │ 方から「ここをこうしてほしい」という声が聞こえるような気がして、それ
│ │ からは気負わずに焼酎に寄り添うことができた。ものを造るってそういうこ
│ │ とかなと……ごめんなさい。焼酎と生徒さんは違いますよね。
│あおい │ 分かります。なすがまま。レットイットビー。無理にねじまげようとせず運
│ │ 命を受け入れる。
│ヒロシ │ お一人だったんですね。
│あおい │ ごめんなさい。つい……。
│ヒロシ │ こちらこそ。孫が五人だなんて大嘘です。
│あおい │ それじゃあ。
│ヒロシ │ はい。僕も一人です。
│あおい │ 奇跡。
│ヒロシ │ はい?
│あおい │ さっきここでこうしてお会いしたことは偶然とおっしゃったけど、私にとっ
│ │ ては奇跡でした。
│ヒロシ │ はい。
│あおい │ 今度のコロナのことで人と会えなくなったでしょ。ずっと一人でいてどうし
│ │ ても会いたい人がいました。それはヒロシさん、あなたでした。
│ヒロシ │ はい。
│あおい │ だから、こうしてお会いできたのはあたしにとって……。
│ヒロシ │ 僕だって同じです。
│あおい │ えっ?
│ヒロシ │ あなたとお会いせずに死ぬなんて嫌だと思いました。50年前のあの日のこ
│ │ とをひと言だけでもお詫びしたかった。でも家にうかがう勇気はありません
│ │ でした。今日、ここで待って会えなかったから諦めるつもりだった。だから
│ │ 僕にとっても奇跡でした。
│あおい │ 待っていてくださった……。
│ヒロシ │ 実は今日でちょうど一週間。
│あおい │ そんなに……。
│ヒロシ │ でも、あなたに会えた。これで悔いなく鹿児島に戻れます。
│あおい │ レットイットビー。
│ヒロシ │ えっ?
│あおい │ 今ならあるがままに生きられます。
│ヒロシ │ ビートルズが解散した年に僕達も別れました。ジョンもジョージもいなく
│ │ なって、ビートルズの再結成は無理だけど……
│あおい │ 私たちは?
│ヒロシ │ ……あおいさん。
│ │
│ │ 曲「レットイットビー」(ザ・ビートルズ)
│ │
│ │      おしまい
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