石川「九頭竜会?」
稲葉「知らねえのか? ここらに本部を構えるヤクザ者だ。えらいところに連れてきてくれたな!」
猛虎「ヤクザとは失敬じゃねえか。うちは世間様に迷惑掛けるようなことはこれっぽっちもしちゃいねえぜ」
稲葉「あっ、いや、そういうつもりで言ったんじゃ……待てよ、九頭竜猛虎の屋敷は別にあったはずだ」
猛虎「ここは嫁の実家だ。ビジネスとは無関係に家族だけで過ごすためのな」
稲葉「それを信じろと? お前が本物の九頭竜猛虎だってのか!」
猛虎「おうよ。うちの若いモンにお相手させるか? どっちにしてもハジキなんて使ったら無事に帰れる道理はねえぞ」
稲葉「……(じりじりと後退)」
猛虎「待てよ、お客さん。ケジメってもんがあるだろう?」
稲葉「ひっ」
猛虎「日本海と太平洋、どっちがいい?」
稲葉「ひえっ」
猛虎「富士樹海でもいいぞ」
稲葉「ひえあぁっ! 助けてくれえ!」
稲葉、窓から逃げる
猛虎「ったく、根性ねえなあ。二人とも無事か。なら良かった。パーティーに参加するかどうか聞きに来たんだが……こんなことになっちまったんだ。虎太郎、パーティーは……」
虎太郎「……行くよ」
猛虎「……本当か?」
虎太郎「うん。一歩踏み出すって決めたんだ」
猛虎「……分かった。下で待っているから用意ができたら降りて来なさい。石川さん、倅を守ってくれてありがとう」
猛虎、出て行く
石川「……ごめん、虎太郎君。私は……」
虎太郎「いいよ別に。あっ、ほら、雪が降ってきた。今年はホワイトクリスマスか」
石川「そうだ、少年。クリスマスプレゼントがあるんだ」
虎太郎「マジで! なんだろう」
石川「きっと喜ぶものだ」
虎太郎「拍子木じゃないだろうな」
石川「……」
虎太郎「……」
石川「……あげる!」
石川、窓から出て行く
虎太郎「ちょっ、いらねえよ! おい! ……拍子木か」
虎太郎「それからあいつがうちに来ることはもうなかった。これが僕とあいつの一週間と一日の物語。父さんに連れて行かれたパーティー会場では人の多さに圧倒され、知らない人と話すだけで気分が悪くなった。よくあるドラマなんかだとラストには登校拒否から立ち直り学校に行ったりするんだろうけど、その次の日はもう冬休みだった。一時に膨れ上がった勇気は萎むのも早いもので、冬休み明け、数ヶ月ぶりに制服に袖を通してみた僕は、しかし足が竦んで家を出ることができなかった。でも、今はそれでいいような気がする。今はまだ弱い苗木でも一つ一つと年輪を重ねて、いつか立派な樫になるんだ」
〜了〜
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稲葉「知らねえのか? ここらに本部を構えるヤクザ者だ。えらいところに連れてきてくれたな!」
猛虎「ヤクザとは失敬じゃねえか。うちは世間様に迷惑掛けるようなことはこれっぽっちもしちゃいねえぜ」
稲葉「あっ、いや、そういうつもりで言ったんじゃ……待てよ、九頭竜猛虎の屋敷は別にあったはずだ」
猛虎「ここは嫁の実家だ。ビジネスとは無関係に家族だけで過ごすためのな」
稲葉「それを信じろと? お前が本物の九頭竜猛虎だってのか!」
猛虎「おうよ。うちの若いモンにお相手させるか? どっちにしてもハジキなんて使ったら無事に帰れる道理はねえぞ」
稲葉「……(じりじりと後退)」
猛虎「待てよ、お客さん。ケジメってもんがあるだろう?」
稲葉「ひっ」
猛虎「日本海と太平洋、どっちがいい?」
稲葉「ひえっ」
猛虎「富士樹海でもいいぞ」
稲葉「ひえあぁっ! 助けてくれえ!」
稲葉、窓から逃げる
猛虎「ったく、根性ねえなあ。二人とも無事か。なら良かった。パーティーに参加するかどうか聞きに来たんだが……こんなことになっちまったんだ。虎太郎、パーティーは……」
虎太郎「……行くよ」
猛虎「……本当か?」
虎太郎「うん。一歩踏み出すって決めたんだ」
猛虎「……分かった。下で待っているから用意ができたら降りて来なさい。石川さん、倅を守ってくれてありがとう」
猛虎、出て行く
石川「……ごめん、虎太郎君。私は……」
虎太郎「いいよ別に。あっ、ほら、雪が降ってきた。今年はホワイトクリスマスか」
石川「そうだ、少年。クリスマスプレゼントがあるんだ」
虎太郎「マジで! なんだろう」
石川「きっと喜ぶものだ」
虎太郎「拍子木じゃないだろうな」
石川「……」
虎太郎「……」
石川「……あげる!」
石川、窓から出て行く
虎太郎「ちょっ、いらねえよ! おい! ……拍子木か」
虎太郎「それからあいつがうちに来ることはもうなかった。これが僕とあいつの一週間と一日の物語。父さんに連れて行かれたパーティー会場では人の多さに圧倒され、知らない人と話すだけで気分が悪くなった。よくあるドラマなんかだとラストには登校拒否から立ち直り学校に行ったりするんだろうけど、その次の日はもう冬休みだった。一時に膨れ上がった勇気は萎むのも早いもので、冬休み明け、数ヶ月ぶりに制服に袖を通してみた僕は、しかし足が竦んで家を出ることができなかった。でも、今はそれでいいような気がする。今はまだ弱い苗木でも一つ一つと年輪を重ねて、いつか立派な樫になるんだ」
〜了〜
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