地球でクラムボンが二度ひかったよ(改訂版)
宮沢賢治が原爆のピカを見た

地球でクラムボンが二度ひかったよ(改訂版)
―宮沢賢治が原爆のピカを見た(一幕一場)―
2012.1.16

【あらすじ】
賢治先生(宮沢賢治)が、銀河鉄道の駅の近くの展望台から望遠鏡を覗いていると、地球がピカッとひかったのです。そもそも地球は惑星ですから、自らはひかりません。ふだんは宇宙の闇の中にまぎれているのですが、その日はなぜか一瞬ひかりを発したのです。賢治先生は、よだかに自分の幻覚でなかったことをたしかめ、クーボー大博士にその説明を求めます。博士の話によると、展望台は地球から66光年離れていて、あのピカは、原子爆弾の閃光かもしれないと告げます。66年前、広島に落とされた原爆のピカが66光年を隔てたこの銀河鉄道の駅にいま届いたというのです。光と一緒に竃猫からの電報が届いたと月夜のでんしんばしらが持ってきます。竃猫は、広島にある猫の事務所に四番書記として勤務しているのです。電文でもたらされた広島の被害状況は悲惨なものです。3通目の電報は、竃猫が飼われている家の主人である原民喜の詩です。原爆を記録した詩です。
原爆の被害から、原爆の開発秘話に話が進み、大統領宛に研究を勧める手紙を書いたということで、銀河鉄道に同乗していたアインシュタインが呼び出されます。
………………………………
原爆の被災を放っておけず、賢治先生は昭和20年の地球に戻ろうと決意します。
しかし、現在地は地球から66光年離れた銀河鉄道の駅です。光の速度で飛行しても地球に帰り着くまでに66年かかります。瞬間移動できたとしても、現時点の地球は戦後66年の地球です。では、賢治先生は、どのようにして戦争末期の地球に帰還できるのでしょうか。
あとは読んでのお楽しみ……。

【では、はじまりはじまり】
舞台の背景は星空。銀河が斜めにかかり、それに沿うように銀河鉄道の線路が延びている、そんな絵柄。
場所は銀河鉄道の白鳥駅のプラットホーム。銀河鉄道の列車が止まっている。コイン式の望遠鏡が二つ客席に向かって並んでいる。白鳥駅の看板、下に左矢印蠍座駅、右矢印大熊座駅。昔風のベンチもある。

【登場人物】
 宮沢賢治 (賢治先生と呼ばれているが、銀河鉄道の車掌でもあり、賢治の写真にあるような黒いコートに帽子姿、ただし帽子は車掌帽)
 月夜のでんしんばしら ボール紙を巻き付けてそれらしい扮装で
 クーボー大博士 白髪のお茶の水博士の風貌
 よだか 嘴つきの帽子のような被り物、羽をつけている。
 ジョバンニ ふらっと家を出てきたような私服
 カンパネルラ おなじく私服
 鳥捕り 赤ひげ
 青年 姉弟の家庭教師、学生服
 女の子 姉
 男の子 弟
 アインシュタイン 白いつなぎの作業衣に、アインシュタインのお面を頭に冠り、パイプを持っている
 バナナン大将 軍服にお菓子の勲章をつけている
 グスコーブドリ 精悍な若者

【一幕一場】
(幕が開くと、宮沢賢治先生とよだかが望遠鏡を覗いているが、幕が上がりきった時点でよだかは賢治先生の後ろに控える)

賢治先生(望遠鏡から目を離して) 「なあ、よだかよ、おまえも見たか、あのひかりを。わたしはついさっき望遠鏡を覗いていて、偶然目にしたのだ。天の川の底の砂金の粒が揺れたような小さなピカを……。」
よだか 「はい、賢治先生、たしかに私もみました。弱々しく見逃しそうなかすかなひかりでしたが、しかしどこか不吉なあのピカを……。」
賢治先生 「あれはいったい何のひかりだったのか?」
よだか 「わたしが空に翔のぼって翔のぼって、ふっと気が遠くなって、気がつくと自分のからだがしずかに燃えているのを発見したとき、そのひかりは燐の火のような青い美しい光でした。あんな不吉な光ではなかった。」
賢治先生 「いまもよだかの星は燃えつづけている。みずからを浄める青いひかりを発して……。しかし地球はちがって、自らはひかりを発しない惑星だ、ふだんは宇宙の闇のなかにまぎれている。それがきょう一瞬だがピカッとひかったのだ。……
ふしぎなひかりだった。」
よだか 「たしかにあれはふしぎなピカでした。みずから発したひかりでありながら、みずからを浄めるひかりではなかった。いったいあのひかりは何だったのでしょうか。」
賢治先生 「浄めるひかりというより、人間の持つどうしようもない悪いものが触れあってパチッとショートしたような、そんな……ひかりかただった。……。
(ジョバンニとカンパネルラが列車の扉を開けて出てくる)
ジョバンニ 「あーあ、長い停車ですね。……どうかしたんですか?」(と、賢治先生に尋ねる)
賢治先生 「ああ、ジョバンニ、さっき望遠鏡を覗いていたら、地球が一瞬ピカッと光ったのです」
カンパネルラ 「地球がピカッと……、この距離だと、その望遠鏡では、ふだんは地球なんか見えないですよね」
賢治先生 「そうです。カンパネルラ、望遠鏡の方向を合わせても真っ暗なだけですが、いまだになつかしくてつい見てしまう。……ところがさっき覗いていたら暗い中で地球がピカッと光った」
カンパネルラ 「何かあったのでしょうか?」
賢治先生 「はい、何かあったんでしょうね。それも、66光年も離れたこの白鳥駅まで光が届くということは、よほどの大大爆発のようなものがあったにちがいないのです。科学的にはどんな可能性があるのでしょうか? それは……と、クーボー大博士に聞くしかないな。よだかよ、クーボー大博士を呼んでくれ。グリーン車で本を読んでおられるはずだ。丁重にお願いして、お尋ねしたいことがありますって、……。」
よだか 「はい、わかりました。お呼びしてきます」(と、よだか去る)
ジョバンニ 「クーボー大博士というのは、そんなにすごい科学者なんですか?」
賢治先生 「そうです。光の化石の研究では現代の五本の指に入ると言われている大科学者です。」
ジョバンニ 「ふーん、光の化石って何なのかな。」
賢治先生 「さあ、私にもそれははっきりとはわからないが……。」
(「おほん」という咳払いが聞こえて、列車の扉からクーボー大博士が現れる)
クーボー大博士(学士帽を冠り、口ひげを蓄えている) 「えい、せっかく読書に集中していたのに、何の用事だ?」(とかぶつくさ言いながら)「賢治先生、どうかしたのですかな?」
賢治先生 「クーボー大博士、お呼び立てしてもうしわけない。どうしてもあなたのご意見をうかがいたかったのです。実は、今日2011年9月16日(上演当日)、つい今し方、あそこの望遠鏡を覗いていて、地球がピカッとひかるのを目にしたのです。ここは地球から66光年離れているから、この光は、……これは博士のご専門ですが、地球歴で、ウーン(と、筒に巻いたカレンダーを開いて)昭和20年八月の六日に放たれたものですね。それがつい先ほどここに到達した。ここまで届くくらいですから、地球でとんでもない巨大なエネルギーの放出があったのです。……地球に何かが起こったにちがいないと、思うのですが、博士の意見を聞かせてください。」
クーボー大博士 「何、ひかりを放ったと……。きょう、またしても………賢治先生、実は先月もわがクーボー研究所の天文台では地球からのひかりを観測しているのです。調べてみると発信地はアメリカのアラマゴードという砂漠のあたりらしい。何か新しい事態が起こりつつあるのかもしれない、という報告を受けています。」
賢治先生 「ふーん、それはそれは、先月にもピカリと……、それは知らなかった。それで、いったい何が起こっているのか、博士の考えを聞きたいのです」
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