吟遊詩人に会えるまで。
吟遊詩人に会えるまで。


作・なかまくら


キャスト
作家・・・・・・・・・朝岡
編集担当・・・・・三木


朝岡、スイカを片手に右手をびしっと決める。

三木   先生―・・・いらっしゃいますか?
朝岡   ・・・・・・
三木   先生?先生―・・・先生、いるじゃないですか。
朝岡   おはよう。
三木   おはようございます。・・・ところでなにやってんすか?
朝岡   昔を思い出してね。
三木   昔ですか?
朝岡   そう、昔だ。私がまだ子どもだった頃、近所のおじさんは言った。「少年よ、大志とスイカを抱け」
三木   なんですか、それ?
朝岡   おじさんの座右の銘だったんだ。
三木   だった・・・なくなったんですか?
朝岡   さあね。最近はすっかり。
三木   ・・・・・・で、原稿はどうですか?
朝岡   原稿?ほら
三木   え?

朝岡、原稿用紙を渡す。

三木   なんだ、てっきり書いてないものだと・・・って、真っ白じゃないですか!
朝岡   なんだピアノ曲「4分33秒」を知らんのか?
三木   なんですか?
朝岡   「4分33秒」は無音を捜し求める音楽。観客の息遣いが曲になるんだ。読者は白紙の中に自分だけの物語を捜し求める。・・・どうだ?
三木   ダメです。どこの宗教ですか。
朝岡   やっぱりか。
三木   やっぱりです。・・・ホントにお願いしますよ。
朝岡   分かってるって。
三木   ところで、さっきはなんであんなポーズとってたんですか?
朝岡   だから、昔のことを思い出していてね。
三木   原稿も書かないで、ですか?
朝岡   今度の小説は「冒険」をテーマに書きたいんだ。
三木   冒険ですか。
朝岡   そう、冒険だ。
三木   冒険ですか。
朝岡   そう。うん。
三木   ・・・で、具体的には、冒険ってどんな話なんです?
朝岡   まあ、なんだ。それが問題なんだ。三木さんは、冒険ってどんなものだと思う?
三木   そうですね・・・ジュール=ベルヌの海底二万マイルとか・・・そんな感じですか?
朝岡   うん。そういうのは確かに冒険って言われていた。でも、今の時代、潜水艦だって、マゼランの世界一周でさえ、冒険というほど秘密じゃなくなってしまった。
三木   そう・・・なんですかね。
朝岡   楽しめる人はいるさ。世界はグローバリズムの進行とともにどんどん小さくなっているからね。小さな一等賞をみんなが目指しているんだ。
三木   小さな一等賞、ですか?
朝岡   そう。競泳100m平泳ぎで優勝した人は、世界で一番速く泳げる人ではないだろう?
三木   ええと・・・そうですね。クロールで泳げる人のほうが速いですし。
朝岡   それだけじゃない。100mで一番速く泳げる人は、328mで一番速く泳げる人とは限らない。
三木   なるほど・・・
朝岡   きっと今の私たちは端のある水槽のなかで、冒険したつもりになってる。
三木   それがテーマなんですね?
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