命ある限り
突然の来訪者Ⅱ
【命ある限り】

        一人佇む、若い女性・華(はな)。
        舞台ツラまで行き、下を見下ろすように視線を下げる。何かを見たようで、思わず視線を逸らす華。
        華のため息。
        そこへ、帽子をかぶり、杖を持った黒い衣装をまとった女性が現れる。
        
女 性「どうですか? 実感が沸きましたか?」
 華 「私……ホントにここから……」
女 性「はい」
 華 「私のこと、ヘンなヤツだと思ってるでしょ?」
女 性「はい?」
 華 「自分でここから飛び降りたくせにその実感がないだなんて」
女 性「皆さん、そうですから。すぐに受け入れられる人は、滅多にいません。自ら命を絶った人も例外ではありません」
 華 「そっか。あなたは色んな人を見てきてるんだもんね。ねえ、有名人とかに会った?」
女 性「故人情報は口外できませんので」
 華 「個人情報って、もう死んでるじゃない」
女 性「はい。だから故人情報なんです」
 華 「ん?」
女 性「漢字が違います。私が言ってるのは、個々の人間の情報ではなく、亡くなった人……つまり、故人の情報ってことです」
 華 「ああ、死んだ人のことを故人っていうね。……なんか、ややこしい」
女 性「あなたみたいな人は珍しいです。私を見ても動じなかった。大概の方は、自分が死んだと自覚できてない状態で私を見るので、私のことを変質者や頭のおかしい人という目で見ますからね」
 華 「だってさ、死んだらお迎えが来るなんて言うでしょ。それがあなたなんだなって、直感で感じた。でも、女の人だとはね。フランダースの犬みたいに、ちっちゃな天使がいっぱい来ると思ってた」
女 性「美しすぎてすみません」
 華 「……今の会話でどうやったらその答えが返ってくるの?」
女 性「あなたもお美しいですよ。私の次に」
 華 「……ありがとう。まさか、死んでからこんな会話するとは思ってなかった。さっきの話の続きだけど、あなた、回収屋って言ったよね?」
女 性「いえ、美しい回収屋です」
 華 「美しいの部分はあえて突っ込まないけど、その回収屋ってのは、死んだ人間の魂を回収するってこと?」
女 性「顔に似合わず鋭いですね。その通りです。亡くなった方の魂がこの世界で彷徨わないように、閻魔大王様の元へ導くのが、私たち回収屋の仕事でございます」
 華 「閻魔大王ってホントにいるんだ?」
女 性「はい」
 華 「てことは、天国と地獄もあるってこと?」
女 性「私は行ったことがありませんので、どんな所かまでは存じ上げませんが、そういう死後の世界は存在します」
 華 「死後の世界……ね。なんか、お伽話みたい」
女 性「昔々、ある村に一人のお爺さんが住んでいました。お爺さんは毎日近くの山へ行き、木を切り倒す仕事をしていました。ある日、お爺さんがいくら斧で木を切っても、なかなか木が倒れません。斧を見てみると、斧が錆び付いていました。このままでは仕事にならないと、お爺さんは近くにあった石で斧の刃を磨き始めました。すると、錆びていた刃がピカピカになり、また木を切り倒すことができるようになりましたとさ。……これがホントの、お研ぎ話! てへっ(微笑み)」
 華 「……え? ……どう反応すればいいの?」
女 性「赴くままに」
 華 「言葉を失うって状況、初めて経験した」
女 性「恥ずかしがることはありません。私のあまりのキュートさに言葉が出なくなるのは仕方のないことですから」
 華 「あなたと話してると意外と疲れるのね……。もうさ、早くその死後の世界とやらに連れてってよ」
女 性「できません」
 華 「……できないって何? 回収屋はそれが仕事なんでしょ?」
女 性「はい。亡くなった魂を回収するのが仕事です」
 華 「だったら、早く連れてってよ」
女 性「まだできません」
 華 「まだ? まだって何?」
女 性「ですから、まだ、あなたは死んでません」
 華 「……え? 死んでない?」
女 性「はい」
 華 「(動揺)だって、私、魂でしょ? 下に私がいるじゃない」
女 性「いますね。今私たちがいる15メートル下にあなたの肉体が転がってます」
 華 「そういう表現やめてよ。じゃあ、まだあの私は息があるってこと?」
女 性「虫の息……ですけど」
 華 「死んでないのに、魂だけが出てきたってこと?」
女 性「珍しいことではありませんよ。特に、病気や事故で意識不明の患者さんなどに多いです。肉体が苦しいと、その苦しさから逃げようとするみたいです」
 華 「そうなんだ。……私、死んでなかったんだ」
女 性「いえ、お亡くなりになりますよ。(時計を見て)今から13分後に、あなた……福島華さんはお亡くなりになります」
 華 「……そんなことまでわかるんだ。しかも名前まで……」
女 性「回収屋は、回収する人物が生前どんな人だったかを知らなければいけませんので、歴書には目を通さなければなりません」
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