たゆたいの時間のアゲハ
『たゆたいの時間のアゲハ』  岩本憲嗣


<登場人物>
梶山慎悟 (かじやましんご ♂ 33歳 小説家)
瀬名秋那 (せなあきな   ♀ 19歳 陶芸家見習い)
北野馨  (きたのかおる  ♀ 17歳 陶芸教室生徒)
荻原浩実 (おぎわらひろみ ♂ 52歳 陶芸教室経営、瀬名の恩師)
広瀬正成 (ひろせまさなり ♂ 25歳 新進陶芸家、荻原の教え子)
神部みゆき(かんべみゆき  ♀ 70歳 古道具屋)



       1場
       辺りにウェディングベルの音が鳴り響く。瀬名が立っている。その背後に
       梶山が走ってやってくる。手には原稿用紙の束。梶山息をきらせながらも
       大声で瀬名を叫び呼ぶ。何度目かの叫びで気づいて振り向く瀬名。しかし
       いつのまにか梶山のさらに後ろに広瀬が立っている。広瀬が瀬名に歩み寄
       る。瀬名、少し怒った様子で自分の腕時計を指し示す。しかし視線は時計
       でなく薬指にはめられた指輪にいく。ほのかに笑みを浮かべる瀬名。広瀬
       はそんな瀬名の仕草にも気づかずに自分の懐中時計を開く。時計を開いた
       瞬間、12時を示す時計の鐘が鳴り始める。

梶山  ……逢いたい。………時間とか距離とかしがらみとか!そういう邪魔なものは全
    部全部とっぱらって、いますぐに!!………逢いたい。

       時計の鐘が鳴り終わると広瀬と瀬名はすでにいなくなっている。梶山は立
       ち上がり原稿にペンを走らせ始める。

梶山  鐘が鳴り終わってタイムオーバー。僕はそんなの絶対に嫌だ。考えてもみろ、シ
    ンデレラだって鐘の後、全てが無に帰した後のロスタイムで大切なものを手に入
    れたんだ。絶対に諦めたりするものか。

      馨が現れる。腰かけて読書を始める。

梶山  そもそも1番最初に『恋に落ちる』なんて表現を思いついたヤツは間違いなく天
    才だ。インディージョーンズの冒険する遺跡のトラップみたいに、ある日その人
    に出会った瞬間に足元がパカッと割れていつの間にか深く深く落ちてゆく。僕は
    その落ちた先、深い深い恋の闇の中からこれを書くことにする。これは小説であ
    り……多分彼女への手紙でもあるだろう。

      2002年。彩の国屋書店。書店員の格好をした荻原が数十冊の書籍を抱え
      てやってくる。荻原、それを眺めてニコニコしている。

梶山  僕が彼女に始めて会ったのは3年前。幾つかの新人賞を受賞して名前が売れてき
    た頃。その日僕は近所の大型書店に自分の小説の売れ行きを調べにきていた。

      梶山、懐からパーマの毛のついた帽子にサングラスを取出し変装する。

荻原  いやぁ、助かります。こんなに沢山サインしていただいて。あれ?なんですか、
    その昔の鶴瓶みたいな格好は?

梶山  あのね、せめて松田優作って言って下さいよ。

荻原  松田ペー作?

梶山  林家じゃないんですよ。ピンクとか着てないでしょ?

荻原  いやいやいや、ほら……ハートがピンク。

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