お銀とグレ太
登場人物
お銀:女。世界クギ愛好会会員。会員ナンバーは一桁。
グレ太:男。世界クギ愛好会会員。クギ愛好初心者。

  開幕 舞台中央へ向かって一組の男女が上手と下手から、つかつかと歩み寄る。
  舞台中央に到達すると、右手を胸に置き、斜め45度を見つめる。目をつむって

お銀・グレ太「I LOVE クギ!!」

お互いに深く一礼。二人とも構えると、後ろ手に持っていたものを勢いよく相手に突きつける。よく見ると、折れ曲がったクギである。

お銀・グレ太「ダサッ!」

お銀 「何それ、何それ?!美しさのかけらもないじゃないですか!」

グレ太「あなたのこそ、何ですかそれ?腕落ちましたねぇ!」

お銀 「それはこっちのせりふですよ。」

グレ太「馬鹿言わないでください。見てください、この滑らかなカーブ。こんなのなかなか出せたもんじゃないですよ。」

お銀 「私のだって、この色!鈍く光った赤錆から垣間見える銀色の輝き!あなたには見えないんですか?」

グレ太「色なら、僕のだって負けていませんよ。錆びようか錆びまいか…まるで思春期を生きる少年のようなこの悩ましげな色!!甘酸っぱさと切なさが混ざり合った、それはまさに初…恋!」

お銀 「そちらが少年ならば、こちらはさしずめ大人とこどもの狭間で思い悩む少女ですね。体は大人の女性へと変貌を遂げようとしているのに、心はまだ幼い無垢で純粋なこどものままでいたい…暗く重くたちこめた雲のように大人になることへの不安が広がる…そこから大人になることへの期待という名の一筋の光…。それはこの世のものとは思えない幻想的な光景…!!」

グレ太「ならば、この角度!この抑えきれない気持ちをあの子に伝えようか…でももしかしたら振られてしまうかもしれない。思い悩みうつむくこの角度。それが美しきカーブを描いているのは、恋する自分に恥じらいを持つ少年の純粋な心が故!しかし、もしかしたらあの子も僕のことを愛しているかもしれない。僕と同じ気持ちでいるかもしれない。微かな期待に心躍らせ、空を見上げようとするこの絶妙な上向き具合。」

お銀 「小首をかしげながら、純粋な瞳で大人という未知の世界を見つめる少女。不安や微かな恐怖はあるけれども、そのほろ苦い味を心行くまで味わってみたくもある…。しかし前を見つめ、自分の進むべき道をきっちり見定めて進もうとする。女でも少女でもない微妙な年齢独特の純粋さと危険な香りがこの曲がり具合にはある。」

グレ太「…ここまでは五分五分ってところでしょうかね。」

お銀 「ちょっと待ってください。」

  お銀、虫眼鏡を取り出す。

お銀 「これは…ネジ・・・のあとですね。」

グレ太「なっなっなんだって?!」

お銀 「間違いありません。これはネジによって傷ついたものです。疑うのならば、ご自分でお確かめになってください。」

  グレ太、お銀から虫眼鏡をひったくるように奪い取る。

グレ太「…!!!!!なんということだ、これはネジ・・・!!!!!!」

お銀 「打ち込んだときに、先がネジにかすってしまったのでしょう。」

グレ太「あのぐるぐるとしたみっともない体!あんなやつに傷つけられてしまうなんて。」

お銀 「憎むはネジです。クギはいわば被害者なんです。」

グレ太「この子が傷物になってしまった。もう婿にはいけない。ネジめぇ・・・この恨み晴らさずしておくべきか!!!!」

お銀・グレ太「にっくきネジ!」

グレ太「しかし、この傷はまるで初恋の人を幼馴染にとられてしまい、いつまでも甘く苦く残る心の傷のようじゃないですか。」

お銀 「…確かに、ネジに傷つけられたとはいえ、その傷が芸術的に美しいのは認めます。」
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