あらすじ
『フラックスの咲く丘』は、医学生の賢治が祖父・賢太とともに、戦後の日本で結核と闘い寄り添った米国人医師メアリー先生を偲ぶ旅に出る物語。脳梗塞の後遺症で運転免許を手放した賢太は、自らの車を賢治に託し、東伊豆・稲取の隔離病棟へ向かう。道中、賢太は若き日に運転手として先生を講演会場や夜鳴きラーメンの屋台へ案内し、看護学生だった奈津(後の賢治の祖母)と共に治療に携わった思い出を語る。特効薬ストレプトマイシンを「未来ある若者にこそ」と奈津へ譲った先生の崇高な信念、やがて自ら感染の危険を負いながら患者としても寄り添い続けた生き様が明かされる。さらに、先生との出会いが賢太と奈津を結婚に導いた背景も織り交ぜられ、命をめぐる家族の絆が深く描かれる。
目的地の丘には、かつて先生が診療に尽くした病棟跡の隣に一面のアマの花(フラックス)が咲き誇る。花言葉「あなたの親切に感謝します」を体現するかのように、丘は恩師への深い感謝と命の重みを象徴する聖域だ。賢治は花束を手向け、「託される医師になる」という志を新たに胸に刻む。初夏の涼風に揺れる青い花々が、記憶と希望、そして命をつなぐ物語をやさしく語りかける感動作である。