カエデが死んだ理由
故かなえんぬに捧ぐ
「カエデが死んだ理由」
用意するもの「チャッカマン」「はさみ」「コップ」「水」「炎のような布」

天の声は観客席にいる。
幕が上がると、かえでが泣いている。
5分くらい(客がほとぼりを冷めて、嫌気がさしてくるあたりまで)泣く。
何者かがかえでの頬を叩く。
かえでが我に返る。びっくりしたような顔をしたのち、目線が下がり、嫌味を言う。

かえで「神様に縛られた夜がやってくる
赤く染まる面影とうまくやれるんかな」

チャッカマンでハサミを炙り、腕にそれを押し付ける。

天の声「それはおまじない?」
かえで「そう、神様に勝つためのおまじない」
天の声「何、僕って、君の敵なの」
かえで「敵、ってライバルなのかな。それなら違う。全然足元にも及ばない」
天の声「僕は君のこと救おうとしているんだよ」
かえで「それはわかってる」
天の声「わかってないから今つらいんだよ」
かえで「京都アニメーション、放火事件、みたいな勇気、ないけど、心がからからとひび割れて、ひび割れたところから呪いの言葉がひゅうひゅう湧いて出てきて、一生懸命、いいように解釈してなんとかしてるけど、なんか疲れたな。生きていさえすればいいことあるって思ったけど、そんなのたかが知れてない?年金貰うより先に生活保護貰ってるし、老後に対する思いって、みんな何を思ってるの?長生きしても全然偉くないし、むしろ鼻をつまんで煙たがられるんだよ。お父さんみたいに」
天の声「お父さんの悪口はやめときなよ」
かえで「そうだよね。お父さんもお父さんで切実なんだよね。でも、お父さんがわたしのお父さんであることが、少し、いやかなり、わたしの自信を損ねてると思う」
天の声「違うだろ、お前がふがいないのは」
かえで「そうだよね、わたしがふがいないのは、あんたがいるからよ」
天の声「京都アニメーション、観たか?信心のない奴はああなる」
かえで「何信心って。なにが信じるに値するの?わたしが、あんたの、何を信じるのよ」
天の声「人間、現代では、日本人一人につき500もの守護霊先祖霊前世霊が細胞の中に組み込まれているという。つまりどんな奴にでも神様はいるんだ。キリストと喩えてもいいけど、キリストを見ることで自分を見るだけにすぎない。お前は俺を信じることが人生の指針になるわけだ。お前はあまりに自虐史観が酷すぎる」
かえで「あんたはわたしの先祖なの?」
天の声「そういうの、お前がこれから60年かけて探していくんだよ」
かえで「いいや、わかりたくもない、知らなくていい」
天の声「なんでお前はそんなに悲しいんだよ」
かえで「悲しいよ」
天の声「たかだか、社会との折り合いが悪くて、似たような人はバンバン毎日自殺配信して、好きな作家もみんな自殺している。思うに、思考回路が一辺倒なんだよ、お前は睡眠導入剤を朝から飲むし、生物学的にも、お前の業は血肉から凝固している。お前がお前を変えるには、一から発見しないといけない。この習慣は駄目なんだ、とか、一つ一つ変えていかないと。でもお前は、頑張るのが本当に嫌なんだな」
かえで「何言ってんの。わたし友達から頑張りすぎって言われてるんだよ。A型作業所も、農業やって、一個一個出来損ないだけど、それでも家族のために頑張ってるんだよ」
天の声「俺が悪かった。だけど、どうしてそんなにお前は悲しいんだ」
かえで「わかんない。さっき言ったように業の悪さが細胞から始まってるんでしょ。人生もそんなもんなんだって」
天の声「俺は、お前と結婚したい」
かえで「どうやってできるの」
天の声「わからない」
かえで「なんでわかんないの」
天の声「俺は、俺がわからない」
かえで「じゃあ話できないじゃん」
天の声「でも、俺がお前を救うには、お前が生きてないといけないんだ」
かえで「これでいいじゃん」
天の声「はあ?」
かえで「このままでいいじゃん。わたし何も望むものないよ。強いて言えばケンちゃんの健康が持続するのと、ママンの機嫌が明日もおだやかであることを願いたいけど、あんたに言ってもどうにもならないでしょ」
天の声「精進する。俺にはそんな権限ないけど、世界のしくみを知りにいく」
かえで「精進するっていうなら。じゃあこのコップの水飲んで」
天の声「はあ?」
かえで「このコップの水飲んで、わたしに奇跡を起こしてよ?」
天の声「それはできない」
かえで「じゃあ、何も期待しない」
天の声「俺がそれをやるまでに何個の法を犯すかわかってんのか」
かえで「事実、今も犯してるでしょう」
天の声「そうだけど」
かえで「人間になってよ。人間になってわたしと恋をしてよ」
天の声「そのままでいいって言ってたじゃないか」
かえで「諦念よ。ある意味。あんたが作ったの」
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