トート美術館
登場人物
アンナ……23歳女性。美術館の受付をしている。年齢の割には凛とした佇まいをしている。
ダリル……52歳男性。(回想シーンは29歳)トート美術館の館長でトートの兄。物静かそうだが、鋭い目をしている。
トート……25歳男性。画家。幼い頃から絵を描くことが好きで、絵に人生をかけている。面倒を見てくれる兄を慕う。素直。
エミリ……24歳女性。当時、トートとお付き合いをしていた礼儀正しい女性。元画家志望。

あなた……何も知らずにトート美術館に迷い込んでしまった。

※ 男性2、女性1での上演も可能です。
※「あなた」は聞いてくださっている方々になります。聞いてくださっている方々に向かって話しているセリフなどもありますのでご注意ください。




アンナ あ、いらっしゃいませ。すみませんすぐに気がつかなくて。久しぶりのお客様だったもので。あの……おひとりさまですか?お連れ様とかは……いらっしゃらない。大丈夫……でしょうか?何がって……お客様、こちらの美術館のことはご存知ですか?そうですか。では改めてご説明させていただきます。ここは、トート美術館。ここに展示されている作品は全て、画家のトートによって描かれたものになります。私が心配しているのは、ここの美術館は最近、「呪われた美術館」なんて言われているからなんです。絵を見にきたお客様の中には絵画の子どもの目が動いただとか、作品の目の前に立った途端、悪寒が走ったとか……極め付けは先日、ここにきたお客様が1人、行方不明になるという事件が起きまして……いまだにその方は見つかっておりません。それ以来、お客様がめっきりこなくなってしまったのですけど……今なら引き返せますけど、どうしますか?え?入られるんですか?やめておいた方がいいと思いますけど……せっかく来たんだし?はぁ……わかりました。では、私が同行します。おそらくあなた以外のお客様は来ないでしょうし。絵画の解説もしながら、ご一緒させていただきます。では、入場料をいただきますね。

(美術館。絵画の前)
アンナ こちらが「遊ぶ子どもたち」。トートの家の近くには公園があって、子どもの声が近くで聞こえてきたそうです。そのため、初期の作品は子どもが描かれていることが多いのです。それに比べると……後期にかけてだんたんと作風に影がちらつくようになります……何があったのかはわかりませんが。そしてこちらが彼の遺作。こちらを書き上げて、彼は自死しました。

(受付の方で電話が鳴る)

アンナ あれ、電話なんて珍しい。すみません。少し失礼します……くれぐれも気をつけてくださいね。

……

ダリル ……良い絵だが、やっぱり嫌なことを思い出してしまうね。
ああ、驚かしてしまったようですまないね。久しぶりのお客様と聞いて少し気になってしまって。申しおくれた、私はダリル。このトート美術館の館長だ。トートはね、私の弟なんだよ。……気になるかい?弟のこと。時間はあるかい?少しだけ昔話に付き合ってくれよ。



ダリル 『私と弟であるトートは、田舎街に生まれた。私は弟が可愛くて可愛くて仕方がなかった。

トート 見て見てお兄ちゃん!そこにね、猫さんがいたから猫さん描いたんだよ!上手に描けてるでしょ?

ダリル 『弟は昔から絵を描くことが好きだった……いや、絵を描くことしかできなかった。そのくらい不器用な子だった。だからこそ、この子は私が面倒を見てあげなきゃ、守ってあげなきゃと思った。私はトートが伸び伸びと好きな絵を描いていてさえくれれば、それで幸せだった』

(回想。25年前。都会のとあるアパルトマン)
ダリル 遠くからご苦労だったね。さあ上がって上がって。
トート ありがとう兄さん。でも、本当に良かったの?僕をこっちに呼んだりして。
ダリル いいんだよ。お前が絵を描くのに、あんな片田舎じゃしょうがない。街にいれば画材もすぐ手に入るし、いろんな刺激を受ける。お前の描く作品がますますいいものになるに違いない。
トート でも、僕が来た分、家計に負担がかかっちゃうだろ?僕はろくに働いたことないし。
ダリル そこら辺は心配するな。お前が思っているよりも俺は結構稼いでるんだぜ?弟1人養うくらいわけないさ。
トート そっか……そうだよね。兄さんは僕と違って優秀だもんね。
ダリル 確かに俺は優秀だが、僕と違って、は余計だ。お前には俺にはない、素晴らしい才能を持っている。
トート でも絵、まだ一枚も売れてないんだよ?僕のことをそんな風に言ってくれるの、兄さんだけだ。
ダリル まだ世の中がお前を見つけていないだけだ。見つかったらきっと、世界中の人たちが、お前の絵を欲しがるに違いない。
トート ありがとう、兄さん。世話になった分を返せるように、僕頑張るよ。
ダリル そんなことは気にしなくていい。お前は好きな時に、好きなように、自由に絵を描けばいいさ。

(公園。トートが油絵を描いている。)
ダリル 子どもたちが遊んでる絵か……
トート そう。子どもたちの楽しそうな声が聞こえて来たから、ちょっと描いてみたくなって。
ダリル 最近よくこの公園にいるよな。気に入っているのか?
トート うん。ここは賑やかだし、流れる空気も穏やかで、好きだよ。制作も捗る。
ダリル それは良かった。公園なんて普段使わないから、あまり気にしたことなかったけど、改めて見るといい場所だな。
トート 兄さんは昔からそうだよね。自分の関心のないものにはまるで興味がない。
ダリル そこに関して言えばお前の視野が広すぎるだけだよ。俺は普通だ。
トート そうかな?
ダリル そうだとも。そういえばお腹空いてないか?
トート 言われてみれば……今日何か食べたっけ?
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