夜の帳は、まだ。 (40分)
■■■
と 晩年。人生の終盤。本来、既に死んだ人間に対して使う言葉らしい。それでも俺は 
  今、終わりに向けた晩年を生きている自覚がある。死に始まっているのかもしれな
  い。いつから高望みをやめただろう。あわよくばの期待は大概叶わない。ただただ、
  人生の天井の低さを思い知った。突き抜けないまま、お先真っ暗。緞帳が降り始めた
  舞台の上、一人俯いて終わりを待っている。

■■■現在
こ あの、ちょっとすいません…!
と 地元の駅で降りたのは何年振りか。不仲だった父親が何の準備もしないまま死んで役
  所を回った時以来。あれから実家は空き家のまま。俺がこの町に戻る理由はなくなっ
  た。
こ 違ったらごめんなさい。あの、
と 昔この駅で、声を掛けて映画の割引券を買わせる詐欺があったな…。
こ とっちゃん…! とっちゃんだよね…!?
と え? 
こ 俺、分かる?
と 目の前には自分の記憶にない中年がいた。
こ こういち。こういちなんだけど。
と …こうちゃん?
こ ああ、やっぱりとっちゃんだ。久し振り。
と 35年振りの再会だった。

■■■夢
と その夜、夢を見た。
こ ザリガニ獲ろう!
澤 サッカーしよう!
博 かくれんぼしよう!
こ とっちゃんは何したい?
と 俺は…。
澤 ザリガニ獲りは昨日もやったよ。
こ 昨日さ、凄いデカいやついたんだって。今日なら獲れるよ。
澤 サッカーにしよ。
博 だったら全部やればいいんじゃない?
こ かくれんぼしながらザリガニでサッカー?
博 全部いっぺんにじゃないよ。ザリガニ可哀想でしょ。
澤 とりあえず運動公園行こう。
と 実家の近所には市営の総合運動公園があった。遊具・芝滑り広場・野球場・テニスコ
  ート・体育館。周辺の子どもたちはよく此処で遊んだ。入ってはいけない施設に何処
  まで近付けるかが勇敢さの証明になっていて、やんちゃな男子は近付くどころか侵入
  して怒られる。中学生になると部活の大会が此処で行われる。他校の生徒といざこざ
  が起きたり、告白して付き合い出す連中もいた。高校生になると用が無くなって一切
  近付かない。そんな場所。
こ 行こう!
博 待ってよー!
と 俺は走る三人の背中を追い掛ける。

■■■
と 矛盾があっても夢には妙な現実感がある。幼稚園か小学校の頃の会話らしいのに姿は
  大人だった。恐らく最後に目にした時の。こうちゃん・博子・澤本・俺。全員同級
  生。とはいえ、実際四人が一度に揃った記憶はない。

■■回想
と 博子は隣に住んでいた幼馴染み。親が家を空ける時には預けられたりして、よくお互
  いの家を行き来していた。
博 おばちゃん、ジュース飲み終わったよ。お片付けするね。
母 ありがとう。博子ちゃんは偉いねぇ。
と 博子は三兄弟の長女で、しっかりしていた。
博 としくんはお手伝いやんないの?
母 たまにだねぇ。
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