カンテラ町の灯【柔なる剛拳】
カンテラ町シリーズ:8話
 生い茂る緑や澄んだ山に囲まれた町外れの小さな村。
 晴天の日。そよ風に揺れる草花の中で男が眠っている。
 一人の女性が眠る男の傍らに立ち、そっと語りかける。

菖蒲:……九厓(くがい)様。
九厓:……。
菖蒲:九厓様。

 静かに目を開く九厓。
 視界に柔らかい笑顔で覗き込む女性の顔が映る。

九厓:んぁ……菖蒲(あやめ)か。
菖蒲:またこのような所でお眠りになって。お風邪を召されますよ。

 起き上がり、大きなあくびをする九厓。

九厓:そん時はお前が診てくれるだろう?
菖蒲:お体は大事にしてくださいまし。
菖蒲:法師様と言えど一人の人間でございましょう。
九厓:はは……わかったわかった。
九厓:風が気持ち良くってよ。あったけぇし昼寝日和じゃねぇか。
菖蒲:そうですね……。お洗濯ものもよく乾きそうです。
九厓:でもなぁ、こんな良い気分で昼寝してたってのに妙な夢を見てた気がすんだよな。
菖蒲:どのような夢ですか?
九厓:見たこともねぇ町でさ……。薄暗い道がずうっと続くんだ。
九厓:しばらく歩いて行くと、青白い光がいくつもぼんやりと揺れているのが見えてくる。
菖蒲:青白い光……ですか。確かに不思議ですねぇ。何かの暗示でしょうか?
九厓:まぁいいや。それより何か俺に用があるんじゃねぇのか?
菖蒲:はい。お父様がお呼びですよ。
九厓:師匠が? まァたシゴかれんじゃねぇだろうな……。
菖蒲:ふふ、どうでしょう。
九厓:笑いごとじゃねぇよ。
九厓:これ以上、青あざ増やされちゃあたまらねぇぜ。
菖蒲:申し訳ございません。
菖蒲:ですが九厓様と手合わせしている時のお父様は、それはもう楽しそうな様子なもので。
九厓:そうかァ? ったく、それなら少しは手心でも加えろってんだ……。
菖蒲:ふふ……。
九厓:お前も帰るだろ? 道場まで一緒に行くか。
菖蒲:はい。

 立ち上がり、歩き出す九厓。
 微笑みながらその後ろをついていく菖蒲。

 やがて村の一角に建つ道場にたどり着く。
 上座に座す男に挨拶する九厓。

十坐:おう、来たか。九厓。
九厓:おす、師匠。悪ィな、良い天気だったもんでついウトウトしちまってよ……。
十坐:ははは、確かに今日は雲一つない晴天だ。
十坐:こんな日は稽古にも精が出るというものだろう。
九厓:……はぁ、やっぱりっすか。
十坐:うむ。さっそくだが構えろ。
九厓:寝起きの気付けにゃあ刺激が強いな。
十坐:格好いいところを見せろよ。娘の前だぞ。
菖蒲:頑張ってください、九厓様!
九厓:へぇへぇ……。そんじゃ、行きますよッ!

 九厓と師の手合わせが始まる。

 ――数分後。
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