九龍の塔
0:廃墟
0:燕、何かの準備を進めている

燕:もしもあなた様にお会いできたのならば、
燕:私が望むことは、たった一つでございます。
燕:現世(うつしよ)は、ご覧の有り様です。
燕:尊厳を消失した背徳者たちが往来を闊歩(かっぽ)し、
燕:私欲に肥えた権力者が下賤(げせん)を睥睨(へいげい)する始末。
燕:かしこも、瘴気(しょうき)に絶えませぬ。
燕:一体、いつからこのような惨状を呈しているのかと
燕:考えを巡らせたところ、全てはあの日の出来事に端を発するのです。
燕:あの日、忌まわしき凶星の瞬いた運命の日。
燕:我らが神は姿を消してしまいました。
燕:忽然(こつぜん)と空になり果てた玉座。
燕:人々の絶望は計り知れず、嘆きの声は天を裂かんばかりでした。
燕:あなた様の耳元にも、聞こえていたことでしょう。
燕:当然にございます。
燕:人々は、導(しるべ)を失くしたも同然。
燕:導なくして、常闇(とこやみ)の荒野を渡れましょうか。
燕:それは無謀というものです。

0:燕、ひととおりの道具を並べた後、いくつかの包みを置く

燕:しかし、耐え難い神の空白の時も、今日をもって終わります。
燕:全ての準備は整いました。
燕:神降ろしの儀、不肖(ふしょう)、この燕めが執り行いたく存じます。

0:燕、包みを一つずつ開いていく

燕:大蛇の鱗、嘴(くちばし)の欠けた鳥、三本足の蜘蛛。
燕:……堕胎された赤ん坊。
燕:贖いの血を捧げます。
燕:どうか、この地をお救いください。どうか……。

0:地に伏し、祈りを捧げる燕
0:空の玉座から反応はない

燕:……私めは、この燕めは、きたるこの日の為、
燕:胸を焦がし続けておりました。
燕:あなた様が消失した折、信者たちは蜘蛛の巣を散らすが如く離散し、
燕:混沌が世を支配し、秩序は崩壊の一途を辿りました。
燕:幾多の祭壇は瓦解し、権威の象徴たるこの塔も、今は地に伏し、
燕:後光を浴びることすら叶わなくなりました。
燕:耐え難い屈辱。
燕:全身の骨が軋む程に、怒りが際限なく湧き上がって参ります。
燕:人が人を憎み、罵り合う。
燕:このような痴態、直視にかないませぬ。
燕:ですが、この燕めが独り、呪詛を吐き連ねようと、誰そ耳には届きはしませぬ。
燕:嘆かわしくも、私にはあなた様のような言霊の力はない。
燕:求心力も智謀も、武力もない。
燕:しかし、一つだけ、他の追随を許さぬ程の信仰心。
燕:あなた様を信ずる心だけは、私が唯一誇れるものにございます。
燕:殉教に身をゆだねた末、神と成り現世を去りしあなた様を、
燕:再びこの地へと誘う大役を仰せつかる身へと相成りました。
燕:さあ、さあ、さあ。
燕:その御身は、まさに振り下ろされんとする刃の如し。
燕:瘴気にまみれた畜生の吹き溜まりには断罪を。
燕:さあ、さあ、さあ。
燕:お慕い申し上げております。
燕:お姿を。我々をお導きくださいませ。
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