パブロフとシュレディンガー
0:リノリウムの壁と床に囲まれた実験施設。
0:実験室の中央に無機質な立方体の箱が置かれている。
0:遠くで、ベルの鳴る音。
0:廊下の先から、犬が歩いてくる。
0:耳がベルの音に反応している。
犬:あああ、嫌だ、嫌だ。
犬:またいつもと同じ、実験だ。
犬:ベルだけ鳴らして、食べ物なんてくれやしない。
犬:馬鹿にしてるんだ。
犬:そうだ、ぼ、僕を馬鹿にしてる……。
犬:あ、あんまりだ、こんなの。
0:ベルが何度も鳴る。
0:犬の口から、よだれが垂れる。
犬:あ、あ、あ、くそう、よだれが出る。
犬:あの音を聞くだけで、だらだら、止まらない。
犬:い、嫌だ。どうせ、何もくれないんだ。
犬:ぼ、僕は、お腹が空いているのに。
犬:ベルの音なんて、食べられやしない。
0:やがて足が止まり、その場に座り込む。
0:ベルの音から逃れるように、顔と耳を塞ぐ。
犬:もう、嫌だ……。
猫:ねぇ。
犬:……。
猫:ねぇ。誰か、そこにいるんでしょ。
猫:聞こえてるなら、返事をして。
犬:……え?
犬:だ、誰。
猫:ああ、やっぱり、いるのね、そこ。
犬:あ、あ、ご、ごめんなさい。
犬:戻ります。すぐに、戻りますから。
犬:ごはん抜きは、やめてください。
犬:お、お願いですから。
猫:待って。
猫:私は、研究所の人じゃないわ。
犬:え、え。
猫:多分、あなたと同じ。
猫:安心して。
犬:き、君は、誰なの……。
猫:ごめんなさい、名前がないの。
猫:困るわよね。
犬:あ、いや……。
猫:あなたこそ、誰?
猫:お名前は?
犬:僕も、名前がないんだ……。
犬:ご、ごめんね。
猫:やっぱり、そうなのね。
猫:嬉しいわ。仲間に会えるなんて。
犬:な、仲間……。
猫:実験仲間、でしょ。
犬:そう、だね……。
猫:あなた、どれくらいここにいるの。
犬:わから、ない。
犬:お、覚えてないんだ。
犬:でも、もうずっといる気がする。
猫:そう。
犬:き、君は?
猫:私も、ずっとここにいるわ。
犬:そう、なんだ。
猫:ええ。小さい頃から、ずっと箱の中。
犬:かわいそうだな……。
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