確信犯の退席
「確信犯の退席」



謎の声


男    僕は先日、世界で一番愛する女性と結婚した。つまり僕は世界で一番幸せな人間だ。と、言いたいところだが、僕は絶望の奥底にいた。妻の病気が発覚したからだ。それも余命いくばくもないという。新婚旅行だって計画していたのに、妻は病室から出ることすらできない。これから、二人の人生がはじまるはずだったのに。
女    結婚してすぐ、私は倒れて病院に運ばれた。私が病気になってしまったせいで、夫にはつらい思いばかりをさせている。今にも泣き出しそうになりながら、私に笑顔を向ける夫を見ると、胸が張り裂けそうだった。新婚旅行どころか家にも帰れない。これから、私達の幸せがはじまっていくはずだったのに。
男・女   ひと目見た時、この人は自分とおんなじだと思った。魂の片割れに出会った気分だった。
男    出会った瞬間、今まで祈ったこともなかったのに、神様に感謝した。
女    出会った瞬間、神様って存在するんだって思った。出逢わせてくれてありがとうって。
男    医者に妻の余命が一ヶ月だと伝えられた時、僕は神の存在を否定した。
女    お医者さんに余命一ヶ月もないと言われて、神様は残酷だと思った。
男・女   いっそ、出逢わなかったほうが幸せだったかもしれない。けれど、それでも、この人との出会いがこの人生の中で一番の幸せだった。
男    結婚前まではあんなに元気で、毎日かわいい笑顔を見せてくれていた妻が、日に日に痩せこけて衰弱していく。
女    出会った頃、夫は子犬みたいに無邪気で愛らしい顔をしていたのに、今は絶望が刻まれたような痛ましい表情をしている。
男・女   『今夜が山場です』その声が遠くに聞こえた。
SE   心電図の音
男    僕は、か細い妻の手を握りしめた。
女    夫の温かい手が、私を包んでくれる。
男    「……今、僕も一緒に最期を迎えられたら、同じタイミングで来世に行けるかな? 」
女    「(力なく笑う)それなら、来世はもう離れられないように、一緒の体に生まれたいな。」
男    「そうだね。そしたら、僕らは一生『さよなら』なんて使うことないだろうね。」
SE   心電図の音が大きくなり、音の間隔が短くなる。
男    「……○○! 〇〇! 」
女    「……〇〇くん、愛してるよ。」
男    「……僕も、愛してる! 」
SE   心電図の音が心肺停止の音に変わる。
男    僕は妻の手を握りしめたまま、果物ナイフで首の頸動脈を切った。
女    最期の瞬間、私は彼の温もりに包まれた。
SE   水滴の音 フェードイン
謎の声   「禁忌が犯された。2つの命は次の世に廻るはずだった。しかし一つになることを望み、途中棄権が発生した。よって、罰が下される。用意される椅子は一つ。2つの魂は選ばなくてはならない。どちらが次の世に降り立つか。」
SE   警告音
謎の声   「一つだけ選びなさい。」
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