【朗読台本】野ネズミと向日葵
日差しの照りつけるある夏の暑い日、野ネズミは雑草の影をたどりながら川辺を歩いていた。
「ここにもないな」
 野ネズミは周りをキョロキョロ見ながら何かを探しているようだ。
「向日葵ってこんなにないものなのか? 」

 野ネズミにはハムスターの友達がいた。彼の大好物は向日葵の種だ。
彼はそれをいつも美味しそうに食べていた。一度だけ、ハムスターは食べていた向日葵の種を、野ネズミに分けてくれたことがあった。野ネズミは一口種を食べて感動した。こんなに美味しいものを食べるのは初めてだった。それ以来、向日葵の種は野ネズミの大好物になった。
 しかし、大変なことが起こった。友達のハムスターが飼い主と共に引っ越してしまったのだ。友が離れてしまうのも、もちろん悲しいが、野ネズミは向日葵の種を入手する手段がなくなってしまった。仕方なく野ネズミは、暑い中を向日葵の種を探すために、歩き回っていたのだ。しかしなかなか向日葵は見つからない。

 川の流れに沿って歩いていると開けた場所にでた。そこには背の高い草が伸びていた。野ネズミが顔を上げると、
太陽の光にそっくりな、黄色の花びらをいっぱいに広げた、花があった。
「あら。見かけない顔ね」
 太陽の方を向いていた花はちらっと野ネズミの方を見て、そう言った。
「それはそうだ。だって俺は向日葵を求めて随分遠くまで来てしまったのだから」
「あら、向日葵って私のことよ」
「そうなのか? 」
「あなた、私を探してたって割には、私のことなにも知らないのね」
 野ネズミは、向日葵の言葉に返すことができなかった。
「あなたはどうして私のことを探していたの? 」
相変わらず、太陽を向いたままの向日葵は野ネズミに聞いた。
「向日葵の種が欲しいんだ。友達が分けてくれた種の味が忘れられなくて」
「ふーん、そうなの。でも残念ね。種はまだないの」
 野ネズミは向日葵の言葉に少しがっかりしてしまった。
「種はどうやったら手に入るんだ? 」
 野ネズミは聞いた。
「私が枯れる時に種はできるわ」
 向日葵は少し悲しげに野ネズミに教えた。
「それじゃ、種ができるまで俺はここで待つ」
「勝手にすれば」
 向日葵はそれだけいうと太陽の方に向き直った。野ネズミは種がもらえるまで、向日葵の側で過ごすことにした。
 

「なぁなぁ、どうして太陽の方ばかり向いてるんだ? 」
 日に日に暑さが増すある日、野ネズミは向日葵を見上げて聞いた。
「いいじゃない、私がどこを向いていたって」
 向日葵はツンツンしながら答えた。
「ケチ。教えてくれたっていいじゃんか」
 向日葵は仕方なく口を開いた。
「私、太陽が大好きなの」
「はぁ……」
「ねぇ、聞いておいてその反応はないんじゃない? 」
 向日葵は少し怒っているようだった。
「あのキラキラ輝く、大地を照らす陽の光。いつまででも見ていられるわ」
 太陽を見つめながらそう語る向日葵の言葉は、まるで飛び跳ねているようだった。
「へぇ……」
 野ネズミはうっとりして太陽を見つめる向日葵を見ながら、少しモヤモヤとした気持ちを抱えて答えた。
 

 その次の日は、雨だった。空には雲が広がり、大きな雨粒が火照った大地を鎮めた。
向日葵はいつもとは違い、顔を地面に向けていた。よく見ると彼女は雨粒のような涙を流していた。
「どうして泣いているんだ? 」
 野ネズミは聞いた。
「わからないの?私の大好きな太陽が見えないのよ。こんなに悲しいことはないわ」
 野ネズミは向日葵の言っていることがよくわからなかった。彼女が太陽のことを好きなのはわかるが、花が生きるのに、雨は必要不可欠だ。野ネズミもそれくらいは知っている。
 「どうしてそんなに悲しむんだ?雨がなきゃ、あんたは生きていけないだろう? 」
 野ネズミは向日葵を見上げて、聞いた。
「そうかもしれないけど、悲しいものは悲しいのよ」
 向日葵は泣きながら答えた。
「ふーん。なんというか……難しいな」
 野ネズミにも向日葵の悲しみが伝わってくるようだった。しかし、いつも上を向いている向日葵の顔が下を向き、度々視線が合うことが嬉しくもあり、野ネズミは複雑な気持ちになった。
 

 そんな風に過ごしていくうちに、季節は秋に移り変わり、あたりはすっかり涼しくなった。向日葵は元気を失い、重たそうな頭は地面につきそうになっていた。
「……最近元気ないな」
 野ネズミは向日葵に語りかけた。
「私もそろそろおしまいみたいね……最後くらい、太陽の姿を見たかったわ」
 野ネズミはうまい言葉を返すことができなかった。
「あなた、私の種が欲しくてずっといたんでしょ?待ってて良かったわね。そろそろ種が手に入るわよ」
「……」
「あなた私の種、どうせ食べちゃうんでしょ。私がいなくなっちゃったら別にどうしてくれても構わないけど。……まぁ私の種が花を咲かせることなく終わってしまうのはちょっと悲しいけど……ううん、今の言葉は忘れて」
 向日葵の言葉は段々と弱くなっていく。向日葵は、初めて野ネズミの顔を真っ直ぐに見つめた。
「太陽を見ることができないのは残念だけど、最期の最期、ひとりぼっちじゃなくて良かったわ。ありがとう、ネズミさん」
 向日葵はそう言うと動かなくなってしまった。野ネズミの目からは大粒の涙が溢れていた。
  
 野ネズミの涙が止まる頃には、すでに日が傾いていた。野ネズミは動かなくなってしまった向日葵から種を3つ取り出した。向日葵の種を腕いっぱいに抱えて、野ネズミは土の柔らかい場所を探した。ちょうど良さそうなところ見つけると、抱えていた種を土の中に植えた。
「最後に俺を真っ直ぐに見てくれてありがとう」
 野ネズミはそう言い残して、その場を立ち去った。
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