喫茶・浜木綿の風「大きなタオルとホットチョコレート」
(ボイスドラマ・舞台演劇)

【ボイスドラマ】喫茶・浜木綿の風 
「大きなタオルとホットチョコレート」
                     
                         作:澤根 孝浩


−登場人物−


・ナレーション
・河原崎 美加(36)
・佐川 久美 (17)


ナレ:浜松市の片隅にある小さな喫茶店・浜木綿の風。窓の外に降る強い雨を見て、店主   の河原崎美加は小さなため息をついた。その次の瞬間、ふいに扉が開いた。

(SE)扉の音、カットイン。

ナレ:入ってきたのは、浜木綿の風の近所に住む高校一年生の佐川久美である。週末には   、欠かさず家族で訪れる常連だ。佐川久美は、手に傘を持っているにもかかわらず、    全身がずぶ濡れであった。
美加:どうしたの!?
ナレ:そう言うと同時に大きなタオルを手にカウンターを出て、久美に駆け寄った。「あ   りがとうございます」と消え入りそうな声で言うと、タオルを受け取り、長い時間   をかけて、久美は全身を拭き、最後はタオルに顔を沈めた。その姿を見ていた河原   崎美加は、カウンターに戻った。五分ほどが過ぎて、ホットチョコーレートがカウ   ンターに置かれた。カタッという小さな音でようやく久美は顔を上げた。
美加:大丈夫?
久美:すいません、ご迷惑をおかけして。
美加:そんなことないから。でも……。
久美:私は大丈夫です。ただ、ただ……失恋しただけですから。
美加:失恋?
久美:どこにでもある、誰にでもある、ありふれた失恋です。だけど、このまま帰ると、   母が心配するので、ごめんなさい。寄ってしまいました。
美加:そうだったんだね。わかった。いいわ、気持ちが落ち着くまでいつまでもいていい   から。ホットチョコレートも飲んでね。身体、冷えちゃったから、温めなくちゃ。
久美:……ありがとうございます。……すごく、美味しい……。なんだろう、また泣けて   きちゃいそう。……美加さん、よかったら、私の話、聞いてくださいませんか?    他のお客さんが来るまででいいですから。
美加:もし久美ちゃんが話すことで少しでも心が軽くなるなら、何時間でも。
久美:よかった。……失恋した相手……私の大好きな人は、バイト先のイタリアンレスト   ランで私と同じようにバイトしている他の高校の一つ年上の人です。同じバイトな   んですけど、私と違って、彼はいつも真剣でした。
美加:真剣?
久美:はい、休憩時間、彼と話すと、いつも言うんですよ。「俺は世界一のシェフになる   んだぜ」って。最初のうちは、暑苦しい人だなぁぐらいの感じだったんですけど、   いつの間にか、なんかその言葉を聞くのが楽しみになって。で、キッチンで店のシ   ェフが料理している手際をどこか怒ったように見てる彼の姿が気になるようになっ   て、気が付いたら、彼のこと、大好きになってました。
美加:一生懸命な人って、魅力的だもんね。
久美:でも、最初は、無い物ねだりをしてるだけなんじゃないかなって思ったんです、自   分には、そんな風に夢中になれるものはないから。好きっていう気持ちは錯覚なの   かなって。
美加:言い方が違うだけで、きっと恋をしていることには違いはなかったんじゃないかな。
久美:さすが美加さん。その通りです。どんな風に考えても、彼のことでいつも頭がいっ   ぱいで、どうにもならなくなったんです。私、こうやってモヤモヤしているのが許   せなくて、決心して、今日、バイト終わりに彼を呼んで、告白したんです。
美加:久美ちゃんらしいね。なんて言ったの?
久美:シンプルです。大好きです、付き合ってください、って。
美加:それで、彼の反応は?
久美:こっちもシンプルでした。ありがとう、でも付き合えないって。
美加:なるほど。それだけ?
久美:俺はまだ夢の入口にも立ってないんだ、まずは苦しいことに一人で立ち向かう勇気   を俺は持たなくちゃいけないんだ。だから、ごめん。
美加:格好いいじゃない。
久美:そうですか? そんなの、私をふるいいわけだと思います。
美加:でも、久美ちゃんは彼の真剣さに恋をしたわけでしょ?
久美:それは、そうですけど。
美加:だったら、きっと本当の気持ちだよ。……どうしようかなぁ。
久美:何がですか?
美加:うん、決めた。
久美:だから、何がです?
美加:久美ちゃんを慰める言葉。「いい女になって見返しなさい」か「もっといい男が現   れるわ」で迷ってたんだ。
久美:はは、何ですか、それ。で、どっちにしたんですか?
美加:ううん、両方ともやめた。久美ちゃんはもういい女だし、彼よりいい男が現れるな   んて私にはわからないから。
久美:それじゃ、慰めの言葉はなしですか?
美加:ううん、あるよ。
久美:あるんですか?
美加:よかったね。
久美:え?
美加:真っ直ぐで、正直で、自信家でイケメンの素敵な人に出逢って、恋をした。それで、   その思いをきちんと伝えられた。だから、よかったね。
久美:……でも、駄目だったんですよ……バッドエンディングだったんですよ。よくなん   てありません……。
美加:まだエンディングじゃない。久美ちゃんの人生も彼の夢と同じ、まだ入口にも立っ   てないわ。そこでこんな素晴らしい経験が出来たってことは大きな財産よ。だから、   よかったね。
久美:……ホットチョコレート、もう一杯ください。あと、大きなタオルも。
美加:うん。
久美:あ、一つだけいいですか。私、一言も、彼のこと、イケメンなんて言ってませんよ。
美加:え、イケメンじゃないの? 雰囲気からして……。
久美:ふふふ……
ナレ:ホットチョコレートの準備をしようとカウンターに入った河原崎美加がふと外を見   ると、雨が上がっていた。河原崎美加役、○○、佐川久美役○○、ナレーション、   ○○、脚本・澤根孝浩、製作、○○○○でお送りしました。
                                     END

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