喫茶・浜木綿の風「カレー屋さん」
(ボイスドラマ・舞台演劇)

【ボイスドラマ】喫茶・浜木綿の風 
「カレー屋さん」
                     
                         作:澤根 孝浩


−登場人物−
・ナレーション
・河原崎 美加(36)
・高崎 順次 (33)


ナレ:浜松市の片隅にある小さな喫茶店・浜木綿の風。温かな日差しの差し込む午後、店   内には、近所で、カレー専門店をオープンさせたオーナーシェフの高崎順次がメニ   ューを真剣な眼差しで見つめていた。
順次:そうだなぁ……。うん、美加さん、カレーライス一つ、お願い。
美加:またですか? 順次さん、カレー屋さんをやってるのに、うちでカレーを注文する   って、ちょっとおかしいですよ。
順次:おかしくないってば。美加さんのカレー、うまいもん。
美加:本当にそう思ってます?
順次:思ってなきゃ、注文しないよ。
美加:自分の作るカレーが美味しいって再確認するためとか。
順次:そんな歪んだ性格してないから。なんていうのかな、ここのカレー、ふつうでいい   んだよ。
美加:ふつう? 褒めてないですよね。
順次:褒めてる、褒めてる。ふつうっていうのが一番だから。
美加:……もういいです。少々お待ちください。
順次:納得してくれてないみたいだけど、本当だからね。
ナレ:渋々、カレーライスの準備を始めた河原崎美加を楽しそうな表情で高崎順次が見つ   めて待っていた。十分ほどでカレーライスが出される。大きく切られた野菜がたく   さん入ったカレーライスだ。
順次:おぉ……これこれ。
美加:前から聞きたかったんですけど、順次さんはカレー屋さんを始めたんですか?
順次:何、何? 唐突に。
美加:いや、カレーが大好きなのはわかるんですけど、お店を開くとなると、よっぽどの   覚悟が必要じゃないですか? 順次さん、元々一流企業でお勤めでしたし。
順次:まぁ、ね。それは、まぁ。
美加:言いにくい話ですか?
順次:言いにくいというか、真面目な話になっちゃうっていうか。
美加:いいじゃないですか、真面目な話。たまには。
順次:そう?
美加:そうですよ。順次さん、いつも何でも茶化しますし。
順次:はは、ひどいなぁ。……まぁ、いいか。じゃ、ちょっと語っちゃうか。
美加:お願いします。
順次:俺の親父もお袋も自由主義っていうか、放任主義っていうのかなぁ、テストの成績   とか通知表とかが悪くても、叱ったりしない人だったんだ。進路とかもね、口出し   なしで。叱りもしないけど、ろくに褒めてもくれなかったんだよ。物心ついてから   ずっとね。
美加:へぇ、それだけ信頼されてたってことですか?
順次:うぅん、どうかな。でも多分、親父とお袋でそういう教育方針で行こうって早いう   ちに決めてたみたいだなぁ。親父はともかく、お袋はたまに口出しするのを我慢し   てるって感じもあったし。
美加:今からでも聞いてみればいいじゃないですか? 実際どうだったのって。
順次:聞けるもんか、今更そんなこと。
美加:はは。
順次:そんな親父がさ、俺が就職活動を始めたときに言ったんだよ。「どんな仕事しよう   が構わないが、誰かの役に立ってるって自分の手で実感できる仕事をしろ」って。
美加:重い言葉ですね。
順次:だろ。それまでほったらかしだったからね。正直、ちょっと驚いたんだ。
美加:それで一流企業に就職したら何て言われたんですか?
順次:何にも。おめでとう、すら無かった気がする。
美加:はは、徹底してますね。
順次:反対してたわけでもないんだろうけどね。たぶん親父は何の仕事をするかってこ    とより、どういう心持ちで仕事をするかってことを言ってたんだと思うから。でも、   勤めてみてもさ、なんとなくあの親父の言葉が頭の片隅にずっとあったんだよね。   会社では有意義な仕事を任されてたし、良い職場だったんだけど、俺の手で実感す   るにはいろんなことが大きすぎたんだよなぁ。ずいぶん悩んだけど、三十を前に辞   めちゃった。
美加:なるほど。でも、なんでカレー屋さんなんです?
順次:単純だよ、大好きなんだ、カレー。
美加:それだけですか?
順次:……あとは……。
美加:あとは、何です?
順次:何でもない。好きってだけ。
美加:嘘。言いかけたことをやめるのは駄目です。
順次:……あとは、子供の頃、無関心な親父とお袋がすげー褒めてくれたってこと、かも   しれない。俺の作ったカレーをさ、うまいうまいって何杯もおかわりしたんだよ。   会社辞めるときに、ふいにそれを思い出したのもあったかな。
美加:素敵な思い出ですね。カレー屋さんになる大きな理由です。
順次:やめてよ。そんなことないってば。
美加:どうです? 今は誰かに役立っているって実感できてますか?
順次:それは間違いないね。目の前で空腹なお客さんがスプーンでカレーをかき込んでい   るのを見ると、すごく幸せな気持ちになるもん。いや、役立っているっていうと、   大袈裟か。
美加:そんなことないですよ。美味しい食事は人を幸せにします。十分役立ってます。
順次:だったらいいんだけどね。
美加:うらやましいなぁ。わたしもちゃんと考えてお店やらなくちゃいけませんね。
順次:美加さんは大丈夫だよ。
美加:え?
順次:だって、俺、美加さんのカレー食べるとき、幸せ感じるもん。コーヒーとか他のも   んは注文したことないからわからないけどさ、他のお客さんの顔とか見てると、み   んな、良い顔してるよ。だから、大丈夫。
美加:まさか順次さんに褒められるとは思いませんでした。ありがとうございます。
順次:やばっ、早くカレー食べなくちゃな。冷めちゃう、冷めちゃう。
美加:はは。
ナレ:店内にカレーの香りが漂う中、穏やかな時間が流れていた。河原崎美加役、○○、   高崎順次役○○、ナレーション、○○、脚本・演出・澤根孝浩、製作、○○○○で   お送りしました。
                                     END

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