喫茶・浜木綿の風「命を迎える」
(ボイスドラマ・舞台演劇)

【ボイスドラマ】喫茶・浜木綿の風 
「いのちを迎える」
                     
                         作:澤根 孝浩


−登場人物−


・ナレーション
・河原崎 美加(36)
・篠原 ふみえ(33)

ナレ:浜松市の片隅にある小さな喫茶店・浜木綿の風。午後二時、店内には店主の河原崎   美加と常連客の篠原ふみえの姿があった。
美加:出産予定日、もうすぐですよね?
ふみ:あと十日です。
美加:わぁ……じゃ来月にはママですね。今、どんな気持ちですか?
ふみ:うーん。お腹が重いです。
美加:え?
ふみ:冗談です。
美加:もう。
ふみ:正直に言うとですね、……怖いです。
美加:ふみえさん……。
ふみ:でも、安心してください。逃げませんから。怖くても、一人じゃないんですもの。   きっと、私よりも、このお腹の中の子の方が怖いと思うんです。外の世界に飛び出   すんですからね。だから、二人で一緒に頑張るんです。
美加:そうですね。私、応援しています。お二人の頑張りを……うん、あれ、一人、少な   くないですか?
ふみ:え? 誰ですか?
美加:旦那さんですよ。旦那さんも、一緒に頑張るんですよね? いや、もう妊婦の奥様   をいたわってくれて、頑張ってるんじゃないですか?
ふみ:あ、忘れてました。いましたね、もう一人。うん、そうだな、あの人も……頑張っ   てますね。これまで私がどんなに忙しくても知らん顔だった家事も、今は掃除に洗   濯、たまに料理だってやってくれますし、早く帰ってくれるようになりましたから。
美加:やっぱり。偉いじゃないですか、旦那さん。
ふみ:それは違います。妊娠しててもしてなくても、家事を手伝ってくれる旦那さんの方   が偉いです。
美加:あはは、それはそうですね。
ふみ:そうだ、この前ね、パパママ教室に行ってきたんです。
美加:パパママ教室? へぇ、そんな教室があるんですね。ご夫婦で参加されたんです    か?
ふみ:そうです、そうです。先輩のパパママが来て話をしてくれたり、沐浴のやり方を教   えてくださったりと勉強になるんですよ。それに、家事と子育てのリストが書いて   ある紙が配られるんです。
美加:リストですか。洗濯とか掃除とか、子育てだとおむつ交換やミルク作りってことで   すか?
ふみ:おむつ交換でも、小と大ってあったりして。
美加:細かいんですね。
ふみ:それを一つずつ、チェックいれてくんです。私は旦那さんにやってほしいことにチ   ェックを入れて、旦那さんは自分が何ができるかをチェックするんです。それで完   成したものを見せ合うんです。
美加:面白そう。結果はどうだったんですか?
ふみ:まぁまぁです。あの人、怒られると思ったのか、ほとんどチェック入れてました。
美加:まぁまぁじゃないじゃないですか。旦那さんの本心ですよ、きっと。
ふみ:そうだといいんですけどね。これからの行動で証明してもらいます。
美加:大丈夫ですよ。でも、チェックすることで責任感とか生まれてくる現実感が出てく   るかもしれませんね。
ふみ:うん、そういうのも目的の一つかもしれないですね。パパママ教室の前に可愛い赤   ちゃんの服を買いに行ってうきうきしてたんですけど、簡単に現実に戻されました。   あぁ、子供が生まれても、家事は消えてなくなるわけじゃないし、むしろクリアし   なくちゃいけない問題がどーんと増えるんだって、改めて突きつけられました。全   部、当たり前のことなんですけどね。
美加:どっちも大切なんだと思います。
ふみ:うん? どういうことですか?
美加:可愛い服を選んでうきうきすることだって素敵なことですよ。悪いことじゃないで   す。もちろん現実問題が増えるのも受け入れて、一つ一つ乗り越えてくことも大切   ですけど、子供が生まれて、増えるのは問題だけじゃありません。幸せも増えるん   です。だから、どっちだけって考える必要ありません。両方、大事にすればいいじ   ゃないですか。苦労することが目的じゃありません。家族になって、前を向いて、   一緒に成長していくことが目的のはずです。
ふみ:……一緒に成長、か。うん、そうだね、そうかもしれないね。さすが美加さんだ。
美加:あ、結婚もしてない私が偉そうにごめんなさい。
ふみ:そんなことありません。旦那にも言っときます。
美加:いえいえ、お伝えするようなことでもありませんよ。
ふみ:あ、もうこんな時間。そろそろ帰ります。
美加:今度来るときは、赤ちゃんが生まれた後になりますか。
ふみ:そうですね。退院したら、挨拶に伺います。
美加:楽しみにしています。

   (SE)ドアベルの音、カットイン。

ナレ:扉が開き、現れたのは篠原ふみえの夫、篠原悟だった。帰りが遅いから心配で迎え   に来たのだと少し拗ねたように言った夫の手を取り、ふみえは立ち上がり、店を後   にした。はにかんだような微笑みを残して。河原崎美加役、○○○○、篠原ふみえ   役、○○○○○、ナレーション、○○○○○、脚本、澤根孝浩、製作、○○○○○   でお送りしました。
                                     END

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