毛布の想い出

『毛布の想い出』

若宮愛耶希



マスター



 とある店。カウンターに酔っぱらった男が一人。

マ お客さん。閉店ですよ。
男 …
マ お客さん。
男 …
マ 酔っ払いが。
男 誰が酔っ払いじゃ。
マ 聞こえてんじゃないですか。
男 なんだよ。寝てんだから静かにしろ。
マ 寝られちゃ困るんですよ。閉店なんです。
男 いいじゃねえかよ。
マ 何がいいんですか。
男 大体な、お前が俺を強引に連れてきたんだぞ。
マ 強引って。
男 そうだろ?お前が道で声かけて来たんじゃねえかよ。呑んでいかないかって。
マ そうですけど。
男 そしたらこうなったのもお前の責任だろ。
マ えー。
男 それに、お前がジャンジャカ酒注ぐからだぞ。
マ 僕のせいにするんですか。
男 そうだろ。どう考えてもお前のせいだ。
マ もー。ご家族も待ってますよ。
男 家族なんかいねえよ。
マ え、だって、写真。(携帯の待ち受けを見る)
男 勝手に見るな。
マ 見えちゃったんです。可愛いお子さんじゃないですか。
男 十五年前のだ。
マ え?
男 十五前に出て行っちまった。かみさんとな。
マ そうだったんですか。なんかすみません。
男 もうずっと会ってねえな。
マ 会いに行かないんですか。
男 会いに行けねえな。どんな顔して会ったらいいのか分かんねえしな。
マ その話、深く聞いてもいいですか。
男 酒入れてくれたら。
マ はいはい。
――――
 酒を注ぐ。

男 (一口呑んで)あの日は、俺が仕事で大失態犯して、自分がいけないのに、なんかイライラしててな。家に帰ったら、夕飯の支度が出来てなくて。俺、かみさんに『一日中家にいる癖に、食事の用意もできないのか』って言っちまって。
マ 最低ですね。
男 うるせえな。分かってるよ。で、俺はそのまま出ていって、朝まで居酒屋で呑んでて。朝の…十時ぐらいだったかな。家に帰ったら、かみさんも息子もいなかった。
マ …
男 前からかみさんに仕事の八つ当たりすることが多くてな。机の上に離婚届が置いてあった。
マ 出したんですか。
男 その時の俺はアホだったからな。そっちがその気ならって、出しちまった。
マ あーあ。
男 何日か経って、追いかけるべきだったって後悔したな。
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