紅色五人遊女・夜狂麻の章
遊女ひとり語り
◆「紅色五人遊女」 夜狂麻(やぐるま)の章

 
    コン、と煙管を打ち付ける音。     


夜狂麻(声)「お入りなんせ。」


     溶明。
     部屋の中央で、くつろいだ様子で煙管を吸っている女、夜狂麻。
     かたわらに煙草盆、梨の乗った皿。


夜狂麻「ぬしが若苗でござりんすか。本日はおめでとうさん。わちきがこの月之屋のお職女郎、夜狂麻太夫でありんす。ささ、もそっと寄りなんせ。そんなところでは手も足も冷たくなってしまうでありんしょう。ささ、もそっと。もそっと。」


     煙管を吸う。 


夜狂麻「ほう…これはえろういとけない。歳は?……ほう、十六。なまりからすると西の方の。…いやさ、ここには日本中から女が集まってきんすから。…?…あい、わちきはここのととさまに、風呂桶三杯の小判で買っていただきんした。江戸は吉原生まれの吉原育ちでありんす。」


     艶然と微笑む。


夜狂麻「今夜のためにあつらえた着物でありんすな。その頬の薄紅色によう映る見事な染め具合。よーう似合う。ほ、ほ、ほ。…そんな固い顔をしんすな。まるでお寺の仁王さまのよう。めでたい門出の夜でありんしょう?」


     コン、と音を立てて煙草盆に灰を落とす。
     すっと姿勢を正す。
          

夜狂麻「本日は、振袖新造水揚げ、誠におめでとうさんでござりんす。ここ尾州松原は、吉原と並び称される大遊郭、そこらの安い岡場所とはわけが違いんす。なかでもこの月之家は元禄の世から続く老舗、遊女はとびきりの上玉揃い。熱田のお宮の門前に楊貴妃が住むというは、わちきらのことでありんす。そのつもりで、おつとめしてくんなんし。」


     煙管を吸う。煙草盆に灰を落とす。


夜狂麻「月之家の客は何を買いに来るか、おわかりでありんすか?…わちきらが売るのは、夢で、ありんす。客の銭は、憂き世の忘れ賃。ひとときのこの世ならぬ夢、くれない色の極楽を見に、お宮に背を向けてやってくるのでござりんす。遊女は天女、うつつの女ではつとまりんせん。一に顔、ニに床、三に手練手管と言いんすが、すべからく秀でてこそ、月之家の遊女。…(こころもち乗り出して若苗を見る)…ほう、肌はなかなかのもの。女の顔は男の刀と同じ。なまくらでは役に立ちんせん。せいぜいお磨きなんせ。…で、床の方は」
    

     若苗がびくりとしたのを見やる。


夜狂麻「……初めてで?…(目を伏せる)そう。……今宵、岡崎屋の旦那が教えてくださるから、あとはおいおい。とにかくおとなしゅうして、素直におまかせするのが初出しの勤め、心配することはありんせん。」


     煙管を吸う。


夜狂麻「ぬしは、字は書けるのかえ?……そう。恋文は大切な手練手管、ぬしの姉さん分の真名菊がよう読み書きをするから、教えてもらいなんし…そして。」


     煙草盆に灰を落とす。


夜狂麻「吉原にはこういう言葉がありんす。『遊女づとめは偽りを第一と心得、かりそめにも誠の心を持つべからず』……布団の上は、月の上。朝には消えてしまいんす。どんなに優しい言葉をかけられても、どんなに固い約束をもらっても、それは儚いまやかし。こっちが本気になっちまうと、待っているのは地獄でありんす…本当にねえ……」


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