舞台は古めかしい家屋の一室。
 天気のいい昼間。
 女が一人、ノートをぱらぱらとめくっている(女1)。
 ノートは古いものらしい。
 拍子には大きく『社会』と書かれた字が二重線によって消され、その下に『自由ノート』と書かれている。

女1「(ボソリ)ノートだ」

 女、再びノートをぱらぱらめくる。
 あるページで止まる。

女1「ノート」

 女1、開いているページを掲げる。
 そのページは、一面真っ青な色鉛筆で塗りたくられている。

女1「真っ青」

 女、ノートの表紙を確認する。
 不意に女、客席に向かって語りだす。

女1「そもそもの始まりは、離れの片づけであった。祖父が建てた旧家。私の父が母と結婚して、同じ敷地内に別宅を建設するまでは、ここが我が家の母屋だったそうだ。両親が結婚してからは、ここは『離れ』となり、物置兼私や兄弟の遊び場所になったのだが、八年前に祖父が死に、去年ついに祖母がこの世を去り、上の兄と下の妹が実家を離れると、いよいよこの離れはその役目を終え、この度ついに取り壊されることになった。そこで、実家に一人残って両親とともに暮らしている私が、この離れの片づけを押し付けられることになったわけだが、その際、段ボールの中から発見されたのが、この『社会ノート』改め『自由ノート』である」

 女1、もう一度ぱらぱらとページをめくる。

女1「確かに、最初の四ページは社会のノートとして機能しているようだ。『人民公社』『生産責任制』『万元戸』……懐かしいですね。中国の話かな? ……だが、勉強に不真面目だったのか、それとも頭の出来が著しくよかったのか、私はすぐに社会のノートを取ることをやめたようだ。そして、大量にページの残ったこのノートは、私の自由帳として生まれ変わったわけだ。……そんな自由帳の、あるページが、私の心をとらえた」

 女1、ページを開いて見せる。
 後ろから、別の女(女2)が現れる。
 この女2は、小さなころの女1のようだ。
 女2は、上を見上げたままじっとしている。

女1「青。当時の私はなぜか、ページの一枚を真っ青に塗りつぶした。……いったいこれは何を意味しているのだろう。……分からない。当時の私は何を思って、ページを青く塗りつぶしたのだろう。……まったく記憶にない」

 女1、他のページをめくっていく。

女1「他のページに書かれていることは、大体すべて分かる。……(失笑)当時の私は、おしゃまな女の子だった。もう少し有り体に言うと、マセたガキだった。少女漫画が大好きで、恋愛やファッションに対して強い憧れがあったようだ」

 女1、ページを一枚めくる。
 すると女2、突然くるりと回転し、ポーズを決める。

女2「七変化。変身! 女子高生!」
女1「セーラー服を着た目のでかい女の子が描かれている。特に名前はないがたぶん私だ。ポーズを決めている。セーラー服にあこがれがあったのだろうか。ちなみに私の高校時代はブレザーだった」

 女1がページをめくると、女2、回転する。
 メガネをくいっとやる動作を行う。

女2「OL!」
女1「続いて私は、OLに姿を変えた。このころの私はたぶん、OLがどんなことをする類の生き物なのかもよく分かってなかったと思う」

 女1がページをめくると、女2、回転する。
 トングを持って振り返るポーズ。

女2「パン屋さん!」
女1「これはきっと、あこがれの職業に変身する私が描かれているのだろう。……この、女子高生、OL、パン屋さんまではよかった。頑張って描いている感じがする。……だが、だんだん飽きてきたのだろう。この次からは手抜きがあからさまに目立ち始める」

 女1がページをめくるたび、女2、回転しポーズを決める。
 が、これ以降はすべて棒立ちで個性がない。

女2「漫画家! 先生! デザイナー!」
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