朗読劇 銀河鉄道の夜
「朗読劇 銀河鉄道の夜」 第二稿
              原作 宮沢賢治  脚本 結城翼
?T午後の授業

    弦楽器による星巡りの歌が細く流れる。
    汽笛が遠く長く鳴る。
    先生は宙を見上げる。そうして物語が始まる。
    生徒たちを眺めて。
   
先生   ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。

    カムパネルラが手を上げる。

ナレ   カムパネルラが手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。

     先生がめざとく見つけた。

先生   ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう

ナレ   ジョバンニは勢いよく立ちあがりましたが、立ってみるともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。

先生   大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河はだいたい何でしょう

ナレ   やっぱり星だとジョバンニは思いましたが、こんどもすぐに答えることができませんでした。

    間

先生   ではカムパネルラさん。

ナレ   するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上がったままやはり答えができませんでした。先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、、
先生   このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう
ナレ   ジョバンニはまっ赤かになってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙がいっぱいになりました。そうだ僕は知っていたのだ、もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それをカムパネルラが忘れるはずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午後にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を言わないようになったので、カムパネルラがそれを知ってきのどくがってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。
先生   ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。そんなら何がその川の水にあたるかと言いいますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮かんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでいるわけです。この模型をごらんなさい。
ナレ 先生は中にたくさん光る砂のつぶのはいった大きな両面の凸レンズを指さしました。
先生   天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。そんならこのレンズの大きさがどれくらいあるか、またその中のさまざまの星についてはもう時間ですから、この次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭りなのですから、みなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。
生徒 起立、礼!

    音楽。

?U 家

ナレ ジョバンニが勢いよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口のいちばん左側には空箱に紫いろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には日覆いがおりたままになっていました。
ジョバンニ お母さん、いま帰ったよ。ぐあい悪くなかったの
母    ああ、ジョバンニ。今日は涼しくてね。わたしはずうっとぐあいがいいよ。
ナレ ジョバンニは玄関を上がって行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口のへやに白い巾をかぶって寝すんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。
ジョバンニ お母さん、今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って
母    ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。
ジョバンニ  お母さん。姉さんはいつ帰ったの
母    ああ、三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。
ジョバンニ  お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。
母    来なかったろうかねえ。
ジョバンニ  ぼく行ってとって来よう。
母    ああ、あたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。
ジョバンニ  ではぼくたべよう。

    遠くで汽笛。音楽。

ジョバンニ  ねえお母さん。ぼくお父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ。
母 ああ、あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。
ジョバンニ  だって今朝の新聞に今年は北の方の漁はたいへんよかったと書いてあったよ。
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