言滅


原案 筒井康隆『残像に口紅を』


A 
B 
編 

                            

三人共に入り、Aだけが一人遠くに立つ。



A「私は佐治、しがない作家だ。まあ覚えてもらう必要はなく、作家Aと思って頂ければそれで良い。専ら私は短編を作り生計を立てていたのだが…最近はどうもスランプで何も思い浮かばなくてね。そこで、起死回生のアイディアを一つ行ってみようと思う。さて、あるパーラーに僕の編集者が居る。当然だ、私が呼んだのだから。おや、私の友人の…そうだな作家Bとしておこうか。彼もまたパーラーにいるらしい。暇そうに、店内を流れるビリヤードの映像を見ている。これも当然、私が呼んだからだけどね。さあ、私も向かわねば。呼び出しておいて遅刻なんて怒られてしまう…」


B「ん?」
編集者「おや?どうも久し振りです。ここに座ってるって事はもしかして…」
B「ああ、その口ぶりからすると君もあいつに呼ばれたのか。一体、何の用なんだか」
編「さあ…まあ、何考えてるかわからない人ですし。オレらが理解しようとしても無駄なんじゃないですかね」
A「随分な言われようだな」
編「うわ、失礼しました。噂をすればってやつっすかね」
B「そうだな。しかし、人を呼び立てておいて自分が遅れるとは感心しないぞ」
A「まあ大目に見てくれないか。少し説明を行っていてね」
B「説明?道案内でもしてたのか」
A「そのようなもんだ。取り敢えず何か頼もうか。二人はどうする?」
編「それじゃ、オレ、アイスコーヒーで」
B「僕もそれでいいかな。コーヒー、アイスで」
A「それじゃ僕はレモネードだ」

   注文をする

A「さてさて、本題に移ろうか。実は新しい短編のアイデアが思いついてね。それについて話をしなかったんだ」
編「お、そうですか!いやよかった、てっきり俺やってられないと辞表でも叩きつけられるんじゃないかと」
A「あいにく辞表の持ち合わせはないよ。持病ならいくつがあるが…なんて」
編「……はは」
A「…つ、つまらないジョークはともかくとしてだ。そのアイデアっていうのがね、『段々と文字が消えていく短編』ってものさ。一列ずつ、どんどん」
B「それは、君が作品中で使う文字をどんどん減らしていくって事かい?それじゃ正直、君の自慰的行動にしか思えないが」
A「全くその通りだ、僕が勝手にそうするだけなら自己満足に過ぎない。だから作品中の、世界からもその文字を消していこうと思うんだ」
編「はあ…成る程?まあ、たしかに面白そうではあります。ただその分、書く事は難しいんじゃないですかね?俺だったら思いついてもやりませんよ」
A「まあ頑張るさ。…『今から』ね」
 

    ふと、Aが身嗜みを整える。


A「そして世界から「あ」行が消える」

B「その、なんだ。短編について話すんなら僕は呼ばれる事無かったんじゃ?」
A「すまんな。僕が一人人物を増やさんと話を進められなかったんだ」
B「…?何の話だ?」
A「そろそろ解るはずだ。…そら、飲み物が来たぞ」

    テーブルに置かれる各々の飲み物。編集者が怪訝な顔をする。

編「…んん?湯気が立ってる?」
B「何?…ホントだ。変だな、僕たちが頼んだのはコーヒーの…」。
A「『冷やした』を示す言葉が無くなったんだな。僕のはホットじゃなくてよかったよ。ハハ。…ところで編者くん、君自分の事を何と呼んでたっけ」
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