社会の願
社会の願(がん)


サイレンの音。
中継で事故現場を報道するニュース番組の音。
近隣住民の女が語る。

「一家四人でしょう?
そりゃこの辺りは夜になると暗くなるけどさ、あたしゃ許せないね。
本当に事故なのかも分からないものよ。
個人的な恨みはないったって、息子は被害者の同級生だって言うじゃない。
子どもの未来を奪っておいて、当の本人は失踪だってねえ。
出てきて謝罪すべきよ。
カエルの子はカエル。息子も変わらないわよ。叩かれて当然なんじゃない?
あの子もいずれやるわよ。
社会の癌ね、きっと」


数年後。
男の所属するリトルリーグの監督がインタビューを受ける。

「あいつはいつかやってくれると思っていました。笹塚サンダースに入部当初から一際輝いていてね。
この私が、目をかけて一から十までかかりっきりで教え込みまして。その甲斐あってか、ここだけの話、小学生にしてプロ球団からも視察があったんですよ。
何よりもあいつの持ち味は足の速さです。もちろんバッティングもピッチングも秀でた才能がありますがね。どうにも足の速さは中学生も唸らせる。
とんでもない怪物が入ってくれて、監督としてこんなに嬉しいことはありません」


数か月後。
小学校教師が生徒を語る。

「元から素行の悪い子だとは思っていました。ええ、彼の過去を差し引いてもです。
でも、過去で人を判断するのは良くないでしょう?
あんなに騒がれていたリトルリーグもなりをひそめ、めっきり寂しくなったようじゃありませんか。
え、無くなったんですか?
ああ、まあ、被害者の子どもも野球やってたんでしたっけね。そのことを考えると、続けるのは難しいところですか。
名前を変えて越してきて、何食わぬ顔で隣に座っているなんて許せませんよ。
通っている生徒たちも、その親もみんな言っています。
人殺しの子を同じ教育の場に立たせるなと。
言っちゃ悪いのかもしれませんがね、親と同じことしますよ。
あいつはやると思います」


数年後。
男は日本人2人目の100m9秒台を叩き出す。彼の高校時代を良く知る友人がインタビューに答える。

「あいつならやってくれると思ってましたよ。いや、まじで。
高校の中でも頭ひとつ抜けてたっていうか、孤独な一匹狼っていうか、当時から雰囲気出てましたもん。
でもまさか9秒台だなんてね。格好いいなあ。
日本もまだまだ捨てたもんじゃないですね。今度のオリンピックもいいとこ行くんじゃないですか?
世界に羽ばたく彼を応援したいですね。いや、もう日本中が応援してますよ。
ガンバレ、ニッポン!」


数か月後。
日本陸上連盟会長の記者会見。

「ですから、佐々木選手のドーピング疑惑は、協会をあげての調査を行っている最中でして現時点では何とも答えられません。
調査の進展については随時HPを更新して参りますので、そちらでご確認ください。

何度も申している通りです。
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