狂言風「猪突」
おのれ、憎き原発屋敷
     狂言風「猪突」
   −おのれ、憎(にっく)き原発屋敷−
          2014.2.25




【はじめに】
この劇は、狂言風にはじまり、狂言風に終わりますが、中身は原発をテーマにした現代劇です。
野の動物たちは、原発事故の被害を一方的に受けるものですが、彼らからだと、今回の災害はどのように見えるのかを狂言風に仕立ててみました。
猪(いのこ)大名が、ドンキホーテのように、原発に猪突してゆくという筋になっています。
お楽しみいただければ幸いです。


【登場人物】
猪(いのこ)大名:狂言の大名ものの主人公、猪の絵を帯の輪に貼り付けたお面を頭に被っている。
         折烏帽子、素袍(すおう)上下等それらしき衣装。
         劇の格調は、いつに大名の風格に依る。
猪(い)太郎冠者:大名の召使、猪のお面
猪(い)次郎冠者:大名の召使、猪のお面
猪(い)三郎冠者:大名の召使、猪のお面
淵沢小十郎   :宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」に登場する熊捕りの名人
         蓬髪、毛皮の衣装、山刀、鉄砲を持っている。

【では、はじまり、はじまりー】
猪(いのこ)大名 「まかり出でたるものは、このあたりに隠れもない猪(いのこ)大名でござる。近頃天変地異があなたこなたで起こるめぐりとなり、不安なことでござる。そのせいか、わが領地から村人どもが逃げ出したという噂を聞いた。あのずうずうしい村人どもがどうして自分たちの家や田畑(でんばた)を放り出して逃げてゆくのか、わけが知りたい。ぜんたいふしぎなことでござる。まず猪(い)太郎冠者を呼び出だし、調べさそうと存ずる。ヤイヤイ猪太郎冠者、あるかやい。」
猪(い)太郎冠者 (離れて立って)「ハアー」
猪大名 「おるか、おるか」
猪太郎冠者 (前に出てくる)「ハアー」
猪大名 「いたか」
猪太郎冠者 (猪大名の前に膝をついて)「お前に」
猪大名 「念のう早かった。まず立て」
猪太郎冠者 「かしこまってござる」(と立つ)
猪大名 「汝を呼び出すは、別なることでもない。近頃わが領地から村人どもがこぞって逃げ出しているという噂を聞いた。ふしぎなことよのう。大切な田畑を放り出して逃げ出すようなことがあってたまろうか。そのわけを調べてきてほしいのだが、何とあろうぞ」
猪太郎冠者 「ご命令がなければ、申し上げようと思っておりましたので、それは一段とようござりましょう」
猪大名 「それならばよろしく頼むぞ」
猪太郎冠者 「ただ、私の頼っているお方様の領地は山あり川あり平地ありで、広うござりまするゆえ、一人では隈なく回れませんので、他のものと分担して調べようとぞんじまするが……」
猪大名 「もっともなことだ。しからばあと二人の者を呼び出だし、調べさそうと存ずる。ヤイヤイ、猪(い)次郎冠者に猪(い)三郎冠者、あるかやい」
(猪次郎冠者、猪三郎冠者、登場)
猪次郎冠者、猪三郎冠者 (立って)「ハアー」
猪大名 「おるか、おるか」
猪次郎冠者、猪三郎冠者 (前に出てくる)「ハアー」
猪大名 「いたか」
猪次郎冠者、猪三郎冠者 (跪いて)「二人ともに、お前に」
猪大名 「念のう早かった。まず立て」
猪次郎冠者、猪三郎冠者 (立つ)「畏まってござる」
猪大名 「汝らを呼び出だすは、別なることではない。
いま猪太郎冠者とも談合いたしておったところじゃが、近頃わが領地の村人がいなくなってしまったと聞いている。そのわけが知りたい。一人で巡るには領地が広すぎると申すゆえ、三人で分担して調べてきてはくれまいか」
猪次郎冠者、猪三郎冠者 「承知いたしました」(と礼をする)
猪太郎冠者 「それにしてもふしぎなことよのう。わが国には年貢の取立てが度を越したときに、村人がそろって逃げ出す逃散というものがあったやに聞きおりますが、豊かな現代のみ世には、あるはずもないこと。遠つ国の歴史を見れば、神が約束した土地を求めて人々が大移動をしたという話を伺ったことがありますが、そのほかには、人々がこぞって故郷を捨てていなくなるなど、聞いたことがありません。人間といういきものは、ひとたび住み着くとけっして移動するなどということはせぬものでございますから」
猪大名 「そこじゃ、そこじゃ。わしもそう思うゆえに、今回のことは何か不安を感じてしまうのだ。わが領の猪たちに類が及ばなければと祈るばかりじゃ。何にしてもわけが知りたい、お前たち、しっかり頼むぞ」
猪太郎冠者 「しからば、私はご領地の山々を調べてまいりましょう」
猪次郎冠者「しからば、私はご領地の谷々を調べてまいりましょう」
猪三郎冠者「私は棚田から村々方にいけるところまで行ってみましょう」

(背景が夕日に染まって紅くなる)
(猪次郎冠者がもどってくる。)
猪次郎冠者 「ただいまもどりました」
猪大名 「おー、ようもどった。いかがなものじゃ?」
猪次郎冠者 「私はまず谷筋を川下に向かって下ってゆきました。しばらくゆくと烏に会いました。」
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