ときには優しいあの場所のように
『ときには優しいあの場所のように』
※2012年作成

【キャスト】
阿部 達弥      (あべ たつや)    青年実業家
名木田 ユカコ     (なぎた ゆかこ)    写真家アシスタント
睦美           (むつみ)      元養護教員 ユカコの妹
幹子           (みきこ)      神経内科医 達弥の姉
上河           (かみかわ)     写真家
野中           (のなか)      会社員
伊達           (だて)      フリーター
青年           (せいねん)     青年

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   幹子がやってくる。
   反対側に、達弥がやって来る。

幹子   「君に僕は理解できない。なぜなら、君と僕は違うのだから。」それが彼の口癖
     だった。彼の名前は阿部達弥。若くして事業を成功させた企業家であり、私の
     弟だ。彼は幼い頃から優秀だった。県内有数の進学校に主席で入学。姉の私と
     は比べものにならないくらいの秀才。彼が大学を卒業する頃には、私は彼の話
     す言葉の真意を、半分も理解できなくなっていた。彼は天才だった。それ故に
     孤独だった。そして、もはや他人に期待することさえ、諦めていた。

   達弥が歩きだす。
   反対側から男がやってくる。手には紙袋を持っている。達弥とすれ違いざまに、肩
   をぶつけ、袋を落とす。

男    ちょっと待てよ、兄ちゃん。
達弥   何ですか?
男    何ですか、じゃねえんだよ。(落とした紙袋を拾って)どうしてくれるんだよ、
     これ。
達弥   それが何か。
男    壊れちまったみたいだ。今、あんたとぶつかった拍子にな。
達弥   でも、ぶつかって来たのはあなたでしょう?自己責任じゃないかな。
男    自己責任?てことは、俺が自分で壊したっていうのか?
達弥   ええ、まあ。
男    冗談じゃねえ。あんただってぶつかったんだ。その結果、大事なこいつが壊れ
     た。兄ちゃんは人様の物を壊しておいて、自分に責任はないっていうのか。
達弥   つまり、僕にも非があると。
男    こいつはな、ビンテージものでなかなか手に入らない代物なんだ。やっと手に
     入れたと思ったら、あんたのおかげで台無しよ。なあ、兄ちゃん。悪いことは
     言わねえ。こいつを弁償してくれればいいんだ。
達弥   弁償しないと言ったら?
男    馬鹿なことを言うな。そのときはどうなるかぐらい想像つくだろう。兄ちゃん、
     随分とお利口そうだからな。
達弥   人間のクズが。
男    何か言ったか、兄ちゃん。
達弥   わかりました、弁償しましょう。それで、いくら払えばいいんですか?
男    いくらなら払えるんだ?

   そこへ、ユカコがやって来る。

ユカコ  待ってください。
男    何か用か。
ユカコ  止めませんか?
男    はい?
ユカコ  もう止めませんか、こんなことするの。
男    おい。何を言ってるんだ、嬢ちゃん。
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