あらすじ
コンコン、人の遺書に筆を入れる男が毎夜毎晩やってくる。
「ほれ、此の文がどうもいけない。こうこう、こうすれば良い」
成程、こいつは名文と筆を取って書き直し、手を打ち喜び、
最後の酒宴ヨ、祝の杯飲み交わし、
「ヨシ、明日こそ死んでしまおう、今生の別れ、おやすみなんしょ」
ト床に就くのだが、朝起きるとどうもいけない。
夜中の恋文。夜中の遺書。小っ恥ずかしい文書である。
どうにもこうにもこれでは死ねぬと頭を抱えて飯を喰らい、
ごろごろごろとしていると、おや、コンコントまた戸を叩く音。
どれ、今日こそはト遺書を書くため筆を取る。
「一杯森の長次郎」ト男は名乗る。どうもお偉いお方らしい。
信夫の三狐、神の遣い。
「ようござった、お稲荷様」ト平伏し、油揚げを用意はするが、
実の所、この神様の遣いのことをよく知らない。
そもそも何故、神様が遣いが遺書に手を貸してくれるのか、
それもよく解らないのである。