真昼の星
真昼の星
                                   作:海部守

時:現代

所:日本
  ビルの屋上・駅・渡嘉敷の家・芦田のアパート・丘・住宅街など


登場人物
・渡嘉敷   :陽一って言うのが下の名前。サラリーマン。
・カレー男  :チンピラ風の若者。カレーが好きらしい。
・由里香   :渡嘉敷の妻。
・芦田    :スポーツインストラクター(コンビニの店員と兼でもいけると思う)
・店員    :コンビニの店員。

第一場
   暗闇の中の雑踏。やがて渡嘉敷が光に照らされる。

渡嘉敷  満員の通勤電車から降りた。そこはいつもは通り過ぎるはずの駅だった。だが
    何の抵抗も感じることなくホームに降り立った。降りる人間乗る人間の波に水草
    のように揉まれながら、私は少しだけ振り返り走り去っていく電車を見つめた。

   発車ベルが鳴り電車が動き出す音。

渡嘉敷  次の電車を使えば、まだ戻れる。耳元ではそんな声が聞こえたような気がした。
    その声を無視して階段を降り駅の改札を出た。いつも通り過ぎる駅はどこか新鮮
    だった。この体に染み付いた重みが消えてくれるのなら、ここが最後の町になら
    なくて済む。そんな気さえした。

   

渡嘉敷  駅を出て西口に進むと、陰になったビルの群れが私を招いているような気がし
    た。私の足は陰の中に吸い込まれていく。路上にはゴミが散らばり、カラスが跳
    ね、ここだけまだ夜が明けきっていないようなそんな雰囲気だった。夜でもない。
    朝でもない。不思議な空間だった。



渡嘉敷  私は8階建てのビルの前で立ち止まった。入り口はシャッターが下りている。
    だが、その脇には非常階段へと通じる狭い路地があった。路地は湿っぽくところ
    どころに水溜りがあった。それを踏まないようにしながら非常階段へとたどり着
    く。

   渡嘉敷は上を見上げる。

渡嘉敷  見上げれば、ビルとビルの間を一筋の光の川が流れている。あれが三途の川な
    んだろうな……。そんなことをつぶやきながら錆びのついた非常階段を一歩ずつ
    ゆっくりと上っていく。立ち止まっては空を見上げ、息を整えながらまた上って
    いく。人生は上り階段だ。それもひどく急な。踏み外せばあっという間に転げ落
    ち、命を落とす。そうだ。振り返れば下り階段になるのだ。どんなに辛くても上
    るしかない。上った先に何も無くても、上り続けるしかない。

   渡嘉敷、ひざに手を当てる。

渡嘉敷  風が吹いて頬をなでた。ビルの屋上には、空が広がっていた。コンクリートの
    大地はひび割れ、その峡谷の下では今日も人間が上を目指して階段を上っている。

   渡嘉敷、眼下に広がる人間の世界を見下ろす。

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