幽霊部員
「幽霊部員」

  登場人物
    宮下 歩夢
    内藤 サリー
     幽霊部員(存在はするが、観客には見えず声も聞こえない。)

 第一場
  幕が開くと舞台上には、いつかの舞台で使ったらしい大道具や小道具が置いてある。本棚や衣装ケースなども散見される。
  それなりに整頓されているが、最近使われた様子はない。どこかの高校の演劇部。部室兼倉庫兼稽古場となっているらしい。
  その中央で“歩夢”がストレッチをしたり、発声をしたりしてアップしている様子。しばらくして、台本らしきものを取り出すと、声に出して読み始める。

(以下台本の内容は、井上ひさし作 『父と暮らせば』〈新潮文庫〉より。)
歩 夢   さて、その太田川からちょんびり山ん中に(い)入ったところに、おじいさんとおばあさんが住んどったそうじゃげな。
      おじいさんは欲ボケの怠けもん、げえに至らぬ男でちいとも働こうとせんけぇ、おばあさんが洗濯やら柴刈りやら焼き鮎作りやら、
      なんやらかんやら一人でこなして、ようやっと暮らしを立てておった。
      ある日のことじゃ。鮎とりに出かけたばあさんは、あんまりのどが渇いたけえ、川の水を一口のんだ。
      ほいたらどうじゃ、顔のしわがいっぺんにのうなって、もう一口のんだら、今度は腰が伸びて、もう一口のんだら、
      まぶしい(まばいー)ほど見事(みごと)な(い)ええ女子(にょぼ)に若返ってしもうたんじゃ。
      帰ってきたおばあさんからこの話を聞いたおじいさんは、「なひてばあさんばかり(ばー)若返るんじゃ。
      わしもおまいに負けんほどのええ若い(わけー)衆(しゅ)になってみせたるぞ」、そがい叫(おら)んで家から飛び出して行きよったが、
      それっきり夜になっても戻ってこん・・・・、
歩 夢  (奥の様子を伺うそぶりで)・・・・おとったん?(一瞬その方向の反応を伺うが、突然、びくっとして反対側に振り向く。目を凝らして
      何かを見極めている様子。)

 この時、観客には見えない誰かが先ほどの台本の次に続く『竹造』のセリフを言いながら現れたらしい。

歩 夢   ・・・・ちょっと〜、この間も言ったよね。そうやって突然出てくんのやめてくんない? 
      もう、心臓がいくつあっても足りやしない。・・・・・・そりゃ、幽霊なんだからそうかも知んないけど、
      何かこう知らせてからってゆうか・・・・ラップ現象? ああ、いいかも・・・って、ダメ! よけいこわい!
      ・・・・何か、いい方法ないのかなぁ。・・・・ね、これってあんたの問題でもあるんだからさ、一緒に考えてよね!
      ・・・・練習? するけど? ・・・・・・はいはい、わかりました。じゃ、さっきのとこからでいい?
      ・・・・・って、立ち位置違うじゃん。・・・・そう、上手(かみて)にいてくれないと。・・・・・へえ、何? 
      出やすいトコってあるんだ。で? 出ちゃえば移動はOK なわけ?・・・・だよね〜、いっつも動き回ってるもんね。
      でも、入り口ってゆうか・・・そっちから云うと出口? それは、他にもあるの?・・・・何よ、内緒って。
      ちょっと、ねえ〜、人脅かして楽しんでない?・・・・・・・・ 本当に? 信じらんないですけど、それ。
      だってさ、今はこうやって仲良くなれたからあれだけど、最初のころなんか、マジ怖かったんだからね。 
      あれ、絶対楽しんでたって・・・・はいはい、練習ね。・・・・もう、都合が悪くなるとすぐこれだ。じゃ、いきま〜す。

歩夢(美津江) ・・・・おとったん?
幽霊(竹造)   ・・・・・・
歩夢(美津江) 居っとったですか。
幽霊(竹造)   ・・・・・・

歩 夢   ・・・・・・ねえ、これってどうなのかな? ・・・・何がって、いや、「井上ひさし」は好きだし、この「父と暮らせば」だって
      すごくいいと思う。でも、そういうことじゃなくて・・・・・何て言うか・・・・・そりゃ、あたしだって、あんたがいてくれるから、
      こうやって、演劇部らしいことできてるわけだし? 感謝してますよ。
      でもさ、あたしとしては、そろそろ文化祭の出し物に取り組まなきゃって・・・・・・・そりゃそうよ、だって、
      これ演(や)る訳いかないじゃない? あんた出る? ・・・出たいって・・・、無理でしょ、どう考えても。
      ・・・・・今までだってあたしにしか見えてないのに、観客全員に見える自信ある? ・・・・・・ごめん、言い過ぎた。
      ・・・・そんな恨めしそうな顔でこっち見ないでよ、ハンパないんだから迫力。・・・本物だし・・・・・・
      わかった。もう少しこれやろう。うん、いい訓練にはなってるし。

 この時、下手に『サリー』が登場するが、上手に向かって話し続ける『歩夢』は気付かない。

歩 夢   これで、あなたが男の声でも出せればベストだけどね〜。・・・・え? 嘘! やってみる? 本当に? 
      ・・・・うん、やりたい! じゃ、いい? 行きます!

歩夢(美津江) ・・・・おとったん?
 <竹造    よォ、まいにち暑いことじゃ。> (この声は観客に聞こえない演出可。※初演では録音により声のみ出演を依頼。)
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