アリランの歌声
劇 アリランの歌声
ナレーター 一九四五年三月二十六日、アメリカ軍を中心とする連合軍は沖縄ケラマ諸島に上陸した。無謀な戦争は、日本から石油を確保する手段を奪い、軍艦という軍艦が南の島々で、動けずにいた。不利な戦局に血迷った日本の軍部は、それを打開するためというより、破れかぶれで、作戦とはいえないおろかな方法を考え付いた。それが、陸軍特別攻撃隊、いわゆる特攻隊である。鹿児島県から沖縄に向けて、多くの特攻隊が出撃した。万世、鹿屋、出水、そして知覧。特攻隊員の多くは、二十一、二歳から、十七、八歳という若さだった。そして、その中には、朝鮮半島の出身でありながら、知覧から出撃して行った十一人の特攻隊員がいた。劇中の「朝鮮、朝鮮人」などの表現は、差別を意識したものではなく、主人公のモデルとなったこの十一人の痛みを伝えるためのものであることをお伝えしたい。
幕が上がる。
第一場
(食堂の一室)特攻隊員が、テーブルを囲み、わいわいと酒を飲んでいる。そのなかで、輪に入らず、ひとり黙々と茶わんを傾ける満山。
特攻隊員A 「安藤兵曹、同期の桜を歌わせていただきます。」
一同 「おお」「歌え歌え!」
きさまとおれとは、同期の桜
同じ航空隊の、庭に咲く
咲いた花なら、散るのは覚悟
見事散りましょ、国のため
喝采をおくる周囲。特攻隊員Bが立ち上がり、背後の満山に尖った口調で話しはじめる。
特攻隊員B 「満山、貴様もなにか歌え!」
満山 「・・・・・・・」
特攻隊員C 「そうだ、朝鮮人の貴様でも、歌ぐらい歌えるだろう。」
満山 「・・・・・・・」
特攻隊員D 「きさま、俺達を馬鹿にしているのか?日頃から、貴様の態度に腹をすえかねておったんだ。立て、根性を入れてやる。」
トミ 「こら、あんたたち、そげん言い方したら、いかんでしょう。」
特攻隊員A 「小母さん。」
満山、プイっと立ち上がり、食堂を出て行く。
特攻隊員A 「ほら、見なさい。おばさん。あいつは、根性が曲がっているんです。」
特攻隊員B 「朝鮮人の話はよせ、酒がまずくなる。放っておけばいいんだ。」
特攻隊員D 「そうだ。そうだ。飲み直そう。」
トミ 「まったく、あんたたちと来たら、ほどほどにしとくんだよ。」
特攻隊員B 「多めに見て下さい。今日にも、田中と私に出撃命令が下る様子なんです。」
上官が、食堂にやってくる。酒を飲んでいた隊員達、一斉に立ち上がり、敬礼する。上官答礼し、焼酎びんを取り上げ、隊員Bにすすめる。
上官 「田中、飲め。今日は思う存分飲め。」
特攻隊員B 「とうとう…いいえ、やっと命令が下りましたか?」
上官 「おまえ達は、明朝六時出撃だ。今日は、酒を振る舞うぞ。」
特攻隊員A 「いただきます」
手が震え、焼酎ビンに湯飲みがあたり、カチカチ鳴る。
特攻隊員A 「む、武者震いであります。明朝、敵戦艦、航空母艦をこの手で撃沈できるかと思うと、大変愉快であります。」
上官 「うむ、その意気だ。」
特攻隊員B 「私も、天皇陛下の御恩に、やっと報いる出番が回ってきたと、腕が鳴ります。」
上官 「うむ、田中少尉。おまえが隊長機だ。戦局は厳しいが、成功を期待する。安藤、これはお前の戦果の前祝いだ。」
特攻隊員B 「小母さん。喜んで下さい。」
トミ 「・・・・・武運をお祈りいたします。」
上官、湯飲みを一度掲げ、無言でぐっと飲み干す。特攻AB、それに習ってぐっと一気に飲み干す。
上官、立ち去る。隊員、敬礼して見送る。
特攻B 「では、小母さん。我々は、行って参ります。」
特攻A 「小母さんに残りの年をあげますから、長生きして下さい。お元気で」
特攻AB、頭を下げ、さっと食堂を去る。続いてCDも頭を下げ、さっと出て行く。
ナレーター1 「四月一日。桜が満開だ。春!春!春はかくも良きものなるか!十八の春、十九の春、はたちの春が思い出される。今年の春は、我々には死んだ春だ。その、いずこにも春の息吹が感ぜられない。すでに、固有の青春を失っているためか?」
ナレーター2 「四月二十一日。夜遅く転進の報告を受け、出撃が取り止めになる。何回もまな板の上にあげられたり、下ろされたりするのは好きではない。ひと思いに殺してもらいたい。命の切り売りとは、これのことか?生きたくもなし、死にたくもなし。考えるのも嫌だ。」
ナレーター1 「ついには、国のため、天皇のためと決めて飛び立った隊員達にも苦悩があった。特攻隊の苦しみは、人間であれば理解できるはずである。」
トミ 「あん人たちは、ほんとうにかわいそうに」
トミとよし子は、隊員達が出て行った方角に、もう一度深々と頭を下げる。涙をそっとふくように仕事に戻ろうとしたトミを、よし子が呼び止める。
よし子 「お母さん、満山さんは、なぜ他の皆さんからいじめられているの?」
トミ 「(小声で)よし子。あの人はね、朝鮮人なのよ。」
よし子 「そんな理由で意地悪するのはおかしいわよ。朝鮮の人達だって同じ日本人でしょう。それに、満山さんだって御国のために・・・」
トミ 「そうね…。なんとかしたいんだけど…。」
暗転
第二場(回想シーン)
真っ暗な舞台中央に、椅子。
中央の椅子に、日本刀を膝抱きに座っている満山にスポットが当たる。
目を閉じて、ジッと何かに耐えるように。考えている。満山を囲むように、母、兄、軍人、そして男達がその背後に立っている。男達が背後から口々に叫ぶ。
男達 「裏切り者」「裏切り者「お前は祖国を裏切ったんだ。」
もう一本のスポットが母にあたる。
母 「日本政府は、私たちから土地を奪った。どうにも食べられなくって、日本に出稼ぎにやってきたんだ。死んだお父さんが、どれだけ苦労したか知らないおまえじゃないだろう。先祖から受け継いだ、名前も、言葉も何もかも日本人に奪われたんだよ。言っておくれ、なぜ、軍に志願したりするんだい。」
母にあたったスポットが消え、軍人にあたる。
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