夢逝く電車、雨に彷徨
舞台には、猫のぬいぐるみが一匹転がっている。
雨が降っている。
心理医者「……私の研究はまったく成功だ! すばらしいよ、泣ける程だ。」
猫 「にゃあ。」
動物学者「そうだ、次は猫の生態を調べよう! お前、協力してくれるね。」
猫 「にゃあ。」
心理医者「それにしても、好い夜です。」
動物学者「本当に。」
心理医者「そちらの研究はいかがですか? 動物行動学の、研究は。」
動物学者「すこぶる順調です。今日ちょうど、豚の鼻の研究を終えたところですよ。」
心理医者「それはよかった。だから今夜は、この地下室においでなんですね。」
動物学者「えぇ。研究のあとは程好い興奮が訪れますが……それは心地好いんですがね……そんな興奮があっては眠れません。」
心理医者「それは、本当に。ここに来て心を鎮めようと言うわけですね。」
動物学者「そういうわけです。ちょうど、心理医者のあなたも居る。猫も居ます。好い夜です……。」
猫 「にゃあ。」
心理医者「私も、素晴らしい夜です。実は私、心理研究の旅から今日帰ってきたんですよ、今日。」
動物学者「そうでしたか。……それで、どうです? 心理研究の旅の成果は?」
心理医者「それがすこぶる良いんです。おかげで気分も好い。こうして抱いている猫を、あなたに渡したって、気分がいい。」
猫 「にゃあ?」
動物学者「それはそれは、だいぶ良さそうですな。」
心理医者「えぇ。それにしても猫は好い。素晴らしい生き物です。不思議と心を落ち着かせる。」
動物学者「そのとおりです! ですからね、私は次は、猫と言うやつの生態を研究しようと思うのです。」
心理医者「そうでしたか! それはいい! きっといい成果が得られますよ。……そうだ、僕も猫と人間心理のかかわりを研究しよう!」
動物学者「あなたの研究もきっと素晴らしい成果を得ることになる! そうだ、二人で共同研究にしませんか? 私の動物行動学と、あなたの心理医学! あわせれば力強く、この猫の不思議な心地を分析できる!」
心理医者「それはいい! それでは、共同研究にしましょう。」
動物学者「どうしましょう、しばらくの私的研究の後に、ここにそれの成果を持ち寄ることにしましょうか?」
心理医者「あぁ、それがいいでしょう。それでは、成果が出た頃に、また、ここで。」
動物学者「あぁ! 心を鎮めるどころか、また興奮してきてしまった! この勢いで研究に入ろう!」
心理医者「それもいいでしょう。僕もすぐにまた、心理研究の旅に出なくては。」
猫 「にゃあ。」
猫が転がっている現場に、詩人がやってくる。詩人、猫を拾い上げる。
詩人 「今夜僕に会いに来たのは、心理医者と動物学者……それに溺愛される猫。」
猫 「にゃあ。」
詩人 「よく来たね、猫さん。……僕の膝においで。」
すると金魚が現れ、猫を奪う。
金魚 「にゃあ。」
と、詩人の膝に座る。
詩人 「あぁ、近頃の猫は、金魚も兼任か。」
金魚 「……ネェ詩人さん?」
詩人 「近頃の金魚は人の言葉が話せるんだね……。」
詩人はポケットから紙とペンと出して、なにやら書き始める。
詩人 「……猫は金魚に姿を変え、金魚は私に問いかける。」
金魚 「……わたしの名前を知っている?」
詩人 「私の名前を知っている、か。難しい質問だ。」
金魚 「難しい? 思ったとおり、言えばいいのよ。」
詩人 「いけないよ。僕はね、この紙の上では、確かに君に命名する権利を持っているかも知れないけれど、この空間で君になんと呼びかけるかは、僕が勝手に決められることでもないだろう。」
金魚 「ずいぶん謙虚ね。」
詩人 「確かに僕は、空想の詩人かもしれないけれどね、僕は、僕の空想の及ぶ範囲を心得ているつもりなんだ。」
金魚 「……それなら、ひとつ、お願いするわ。」
詩人 「なんだい? 難しいことだったら、お断りするかもしれないが。」
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