不動産を相続する姉妹
不動産を相続する姉妹
作 田辺 剛
[登場人物]姉/妹/執行官
知らない時代の遠い世界のこと。舞台はとある田舎にある一軒家の殺
風景な室内。出入り口は二つあって、一つはキッチンや玄関へ続き、
一つはこの家族の寝室につながる。裁判所の執行官がイスに座ってい
る。しばらくすると妹がカップをもって入ってくる。
妹 (立ち止まって)あ。……コーヒーなんですけど。
執行官 コーヒー?
妹 どうぞ。(と執行官に差し出す)……春になると、どうにもくしゃみが
止まらなくなって、頭もボーっとするんですね。勉強もなにも手がつかな
くなるんです。せっかく授業も始まったのに、なにも耳に入ってきません。
そのうえこの暖かさですから、すぐにウトウトしてしまう。この前もね、
つい居眠りしちゃって、起きてみるとクラスのみんながわたしを見てたん
ですよ。先生もいっしょになって! わたし、恥ずかしくって恥ずかしく
って、教室を飛び出したくなってしまいました。みんながどっと笑うんで
すね。中国には「春眠暁を覚えず」っていう詩があるんだよって先生がお
っしゃると、またみんなが一斉に笑い出す。もう立ち上がることもできま
せんでした。ご存じですか「春眠暁を覚えず」。
執行官 さあ。
妹 みんな、中国がどこにあるのかも知らないくせに、知ったフリして笑う
んです。わたしは恥ずかしさを超えて憤りにちかいような……もう、ほん
とイライラしてきました。
執行官 学校ではなにを?
妹 なんですか。
執行官 なにを勉強されてるんですか。
妹 文学です。
執行官 ああ。
妹 ご存じですか。文学。
執行官 わたしはそういうのはまったく。
妹 ええ。
沈黙。
妹 どうぞ。召し上がってください。
執行官 ああ。
妹 冷めてしまいます。
執行官 すみませんが。
妹 はい。
執行官 コーヒー飲めないんです。
妹 は?
執行官 コーヒー。
妹 そうなんですか。けど、さっきコーヒーって。
執行官 言ってないんです。わたしは。
妹 え?
執行官 「コーヒーでもいかがですか」とあなたが言ったんです。けど「お
紅茶や温かいミルクもありますけど」ってあなたが言うから、じゃあ、わ
たしはティーにしてくださいとお願いしたんですよね。
妹 ミルクを温めるのには時間がかかるかもと言いました。お湯を沸かすの
よりも時間がかかるでしょ。少しですけど。それにミルクは地下室まで取
りに行かなくちゃいけないし。
執行官 そうです。だからわたしはミルクが飲みたいとは一言も言ってませ
んし、ティーにしてくださいって言ったんです。
妹 お水じゃありませんでした?
執行官 ……ええ。喉が渇いていましたから。すごく走ったし。わたしが遅
刻するわけにはいきませんから。決して! だからすごく走って、それで
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