担白
奇跡の獄
坦白坦白
−奇跡の獄−
 闇の中に”1942 中国”の文字が浮かぶ。
声「それは、儀式でした。誰もが必ず経験しなければならない儀式・・・それを経験することによって初めて、日本男児として認められるといったような・・」
 猛烈な叫び声をあげて突進する塚越正男。しかし、舞台半ばで急停車する。彼を凍り付かせたのは、標的とすべき中国人の老婆、縛られた彼女の、鋭い視線である。
老婆「日本の鬼・・・日本鬼子!殺せるものなら、殺して見ろ!!」
 戸惑う塚越。上官達の声がする。
A「何だ貴様そんなチャンコロが怖いのか・・・そんなことで人が殺せるか!」
B「ぐずぐずするな!それでも日本男児か!!」
A「塚越!いけぇ!!」
塚越「・・・・くたばれぇ!!!」
 塚越、老婆を銃剣で十数回刺し貫く。老婆、血の海に沈む。塚越尻餅をつく。
B「何をしている!とっとと穴に運ばんか!」
 塚越、慌てて老婆の白髪をつかみ、引きずって行こうとした時、突然すっ転ぶ・・手の中には真っ白なカツラが・・・老婆と見えたのは、若い娘だったのだ。
塚越「やったー!!こいつは八路軍の工作員だ!」
A「よくやった!これでお前も立派な帝国軍人だ!」
 暗転。音楽・映像と共に浮かび上がるタイトル。それから”1956 中国”
の文字。消えて、闇の中から叫び声。
中国人の女性「この男です。子供を並べてピストルで頭を撃ち抜きました。仲間の兵隊達と笑いながら、弾の貫通した痕を確かめていました。昨日のことのように覚えています。」
中国人男性「この日本人だ!・・私の妻を、妊娠していた妻を、軍医達と一緒になって池に突き落とした・・・銃剣を突きつけて・・妻が流産するまでじっと待っていた。池の水が真っ赤に染まったとき、こいつらは大声で笑った。鬼め・・鬼子!リューベンクイズ!」
 マー婆さんが、おぼつかぬ足取りで、舞台へ歩み寄る。そこに塚越が立っている。
マー婆さん「こいつだ!・・・こいつが娘を強姦したんだ!・・こいつらが私の家族17人を皆殺しにしたんだ!殺せ!何見てるんだみんな、こんな奴殺してしまえ!・・・それが駄目だというなら、子供を、返してくれ!可愛い孫も返してくれ!生きて・・生きて、かえしてくれ!!」
 なおも、塚越に取りすがり、拳で胸を叩く婆さんを、ユン班長がなだめて連れ帰る。悄然と立ちつくす塚越。そこは被告席なのだ。
裁判長の声「あなたは、大日本帝国陸軍・支那派遣軍・北支那方面軍・第12軍・第59師団・53旅団43大隊・機関銃中隊・塚越正男伍長ですね。」
塚越「いいえ・・私は、日本からこの国を侵略するためにやってきた、悪鬼のごとき大量殺人犯達の・・・一人であるところの・・・人間・・・塚越正男であります。」
 塚越、鼻から血を垂らし、涙と血とで顔がぐちゃぐちゃになっている。ゆっくりと顔を拭う。暗転。映像とナレーションが入る。
声「私たちの師団は、昭和20年8月15日・・・日本の敗戦を朝鮮で迎えました・・畜生!ようやく伍長になって、これから楽が出来ると思っていたのになんて事だと思いましたよ・・・ソ連軍に武装解除され、10月10日にシベリアの収容所に連れて行かれて6年いました。いままで天皇陛下万歳、大日本帝国万歳って言ってたのが、今度は共産主義万歳!民主主義万歳!てんで、反ファシスト委員会の青年委員長なんぞになって吊し上げばかりやってました。プロ野球の水原茂とかね。マルクス・レーニンを頭に詰め込まれても、ただ、天皇と入れ替わっただけでね。人間は何も変わってなかったのかも知れない。それでも、自分ではシベリア民主運動の戦士のつもりですから、共産党かなんかになった気でいる。
・・・だから、1951年の11月、ハバロフスクから汽車に乗せられたときには、日本に帰れるものだと思いこんで、喜んでいたんです・・・」
 ナレーションと映像、闇に溶ける。列車の音高まる。
塚越「井手はどこに帰るんだ。家は?」
井手「俺は北海道の美唄だ。炭坑で働いてたんだが・・どうなってるかな。」
塚越「・・6年ぶりだもんな。西尾は?」
西尾「おらぁ、飛騨の高山だ」
井手「また、ずいぶん山の中だな!」
西尾「あぁ、山奥の水飲み百姓だ。塚越さんは?」
塚越「こちとら江戸っ子よ!深川の八幡様の氏子でね。貧乏長屋で育ったんだ。・・・廻りは宵越しの銭は持たねえって奴ばかりでね。まあたいがい、銭の方で暗くなる前にいなく成っちゃうんだけど・・助け合って仲が良くて、楽しかったね。」
井手「帰ったら、仕事はどうすんだい?」
塚越「兵隊になる前は石川島で溶接工をしてたんだが・・まあ、町工場でもやるかな・・・・おい、西尾、どうしたい?何のぞき込んでんだ?」
西尾「あの・・・これ、この磁石・・・なんかおかしくねえかな。」
井手「貸して見ろよ。・・・別に異常はなさそうだけどなあ・・。」
西尾「だったらさ・・この汽車、どっちを向いて走ってるのかなぁ?」
塚越「何だって!」
 塚越、西尾の磁石を取り上げる。
塚越「・・違う。ウラジオストックじゃない、俺達は中国に向かってるんだ!!」
井手「何ぃ!馬鹿なことを言うな!だったら、何のためにシベリアでマルクスだレーニンだって学習してきたんだよ!チャンコロに俺達をなぶり殺しにさせるためか!・・・そんな訳無いよな!嘘だと言ってくれよ!なあ・・・」
 西尾、走っている列車から飛び出そうとする。慌てて止める二人。
塚越「馬鹿野郎!何やってるんだ!」
西尾「放してくれ!支那に行くぐれぇなら、ここで死んだ方がよっぽど楽だ!」
 井手と塚越、西尾を奥に突き倒す。
井手「くそ・・・・!おかしいと思ったんだ!こんな、豚運びの貨物列車に詰め込まれてよぉ!!」
塚越「ボリシェビキの野郎!日本で頑張ってくれ、ご苦労さんなんて抜かしやがって・・・何が共産主義だ!民主主義だ!畜生!!」
 ナレーションと映像。
声「列車が中国に向かっている・・。そう判った途端、6年間勉強してきたマルクス・レーニン主義なんて、もう頭の中から逃げ出しちゃった。頭の中にあるのはただ、死への恐怖・・それだけです。自分たちが中国で何をしてきたか。どれ程たくさんの中国人民を強姦し、拷問し、虐殺してきたか・・・村を焼き、堤防を破り、毒ガスや細菌をばらまいてきたか。中国人達がどんな形相で死んでいったか・・・・そういった光景が鮮やかによみがえり、頭の中をぐるぐる回り続けました。・・・やがて貨物列車はスピードを緩め、ついたところは中ソ国境の町スイフンガでした。いよいよチャンコロに引き渡される・・・その場で叩き殺されても文句は言えない・・そう思ってホームに降りる。と、・・ソ連兵は完全武装なのに、中国側の係員は全く武器を持っていないんです。ただ一人、女の中隊長がピストルを持っているだけでね、他は誰も持っていない。そして、汽車を乗り換えて、また驚いた・・・」
 座席に三人が座っている。机にお茶とお菓子が並んでいる。井手茂が神妙な顔で湯呑みを見つめている。両側から覗き込む西尾克巳と塚越正男。井手、意を決してお茶を一口呑む。一瞬咳き込む。間があって・・・。
井手「・・・お茶だ・・・入れ立ての、おいしいお茶だ!毒なんて入ってないぞ!・・ほら、このドロップも甘いぞ!食べてみろよ!」
 西尾と塚越、お茶を飲み、ドロップを舐める。
西尾「夢みてえだ・・お茶、ドロップ、椅子にカバーの付いた一等車・・。」
塚越「確か、死刑囚には、最後の贅沢をさせるらしいよな。」
 西尾と井手、一瞬凍り付く。井手、へらへら笑って。
井手「やだな・・塚越さん、脅かさんでくださいよ・・。」
1/5

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム