『月』



 登場人物


男1
刑事
男2
編集長
組長




 暗闇。
 女の声が響く。

女 二〇〇〇年、五月四日。私の弟が死んだ。

 明転。そこは女の部屋。
 女が部屋の中央に正座している。
 刑事がいる。女に何か説明している様子。

刑事 ……とまあ、我々としては弟さんの死亡に事件性はないとの判断をいたしました。弟さんはミ
   ュージシャンとして成功を収める一方で、暴力団と麻薬の取引をしていた。歌のなかで愛と生
   きる喜びを訴える一方で、自分が麻薬をやめられないことに矛盾を感じていたことは、弟さん
   の日記からも明らかです。
女 ……弟は、殺されたんです。
刑事 ……お亡くなりになる当日、弟さんは大量の薬物をアルコールとともに摂取していることが、
   検死結果によって明らかになっております。人間が正気を失うのに十分な量です。そんな状態
   で弟さんは海に向かい、そして衝動的に死を……。
女 ……弟は殺されたんです!
刑事 とにかく、我々はこれ以上の捜査に必要性を感じません。どうかご理解いただきたい。お辛い
   でしょうが、現実に向き合うんです。……では。

 刑事、去っていく。女、取り残される。
 女、不意に立ち上がると、部屋にあるパソコンに向かう。
 パソコンのキーボードを猛烈に叩き始める。

女 弟は、殺されたのよ。自殺なんかするはずがないわ。弟は、殺されたの……!

 部屋に男1、登場する。

男1 なぜ、そう言いきれるんです?

 部屋、女の仕事場に変わる。
 そこは大手雑誌社の特捜部。女、そこで仕事をしている。
 男は女の後輩である。

女 何?
男1 もう帰りましょう。夜が明けますよ。
女 あんたには関係ないでしょう。あたしにはあたしのやるべきことがあるの。
男1 何で弟さんの死にそこまでこだわるんです。
女 弟だからよ。早くに両親を失ったあたしのたった一人の血を分けた家族だった。固執するのがそ
  んなにおかしいかしら。
男1 おかしいです。だって警察が事件性無しって判断したんでしょ? 何を疑っているんですか?
女 ……。
男1 確かに弟さんの死はあなたにとって身を切られるような辛さだったんでしょう。でも、弟さん
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