楽屋の花道
「楽屋の花道」

 横山(男・ベテラン演歌歌手)
 斉藤(女・横山のマネージャー)
 早川(男・若手芸人コンビ「サイドハーフ」)
 西村(男・若手芸人コンビ「サイドハーフ」)
 福永(男・町民コンサート実行委員)
 名取(女・町民コンサート実行委員)


 都会から遠く離れた山奥の小さな町。
 公会堂の楽屋。
 狭い部屋にはコンサートのポスター、チラシがセンスなく貼られている。
 それらの紙面には「町民コンサート」「横山謙三夢舞台」などの文字が躍っている。
 フロアにはパイプイス、姿見の鏡、小さなテレビ、お茶のセットが乗ったテーブル、安っぽいソファなどに紛れて、過去のイベントのものと思われる看板などが置かれている。
 壁際に備え付けの鏡台などがあるようだが、色々な荷物に埋もれてしまっている。
 窓もなく、雑然とした部屋の雰囲気は、まるで物置のようでもある。
 人の気配はまだない。
 屋外で降りしきっている雨音が静けさの中に響いている。

 やがて福永に案内された横山と斉藤がやってくる。
 横山の荷物は全て斉藤が持っている。

福永 こちらが楽屋になります。少々散らかっておりますが、なにぶん、しがない町の公会堂ですので、ご容赦ください…。
横山 まあ、たまには初心に帰ってみるのも悪くないだろう。行く先々での丁重なもてなしにも飽きてきたところだよ。なあ、斉藤君。
斉藤 は、はい…。
福永 そう言っていただけると幸いです。私共、横山様のような格の高い演者さんをお招きするのは初めてでして。
横山 ああ。そうだろうな。
福永 今年は横山様がお引き受けくださったおかげで、盛り上がりそうです。まあ、その分、前座の芸人さんに、あまりお金を使えませんでしたが。ははは。
横山 それは結構なことだ。
福永 あ。前座と申しますとですね…
横山 おい、斉藤君。打ち合わせとリハーサルは何時からだったかね?
斉藤 え?ええっと……
横山 おいおい。しっかりしてくれよ。(福永に)君。今日の予定は?
福永 は、はい。打ち合わせが16時30分頃から、その後簡単なリハーサルが17時ぐらいで、19時辺りからがステージ本番です。
横山 君ねえ、「頃」とか「ぐらい」って……
斉藤 え、ええ、確かその予定です。
横山 …ま、いずれにせよ、まだ打ち合わせまで30分以上もあるじゃないか。早く着きすぎたんじゃないか?どうなっているんだ、斉藤君?
斉藤 間に合う電車がこれしかなかったんです。後の電車だと30分遅れてしまいますから…。
福永 え?横山様、電車でおいでになったのですか?
横山 私は車が嫌いなんだ。特にこいつ(斉藤)の運転など恐ろしくて乗れたものではないわい。
斉藤 すみません。まだまだ未熟で。もっと練習します。
横山 やめておけ。命がいくつあっても足りんぞ。
福永 そ、そんなに危険な運転なんですか?
斉藤 よく人からはそう言われます…。
福永 は、はあ、しかし、山中川鉄道ですと乗り継ぎも大変でしたでしょう?ましてやこの雨です。運が悪ければ運休してしまいますよ。ご連絡いただければ私どもが町までお迎えに上がりましたのに。
横山 いずれにせよ私は車に乗るつもりはない。あれに乗っていると操縦させられている感じがするんだよ。支配されている気がしてならない。
福永 電車も似たようなもんじゃないですかね?
横山 なんだ、君は?用が済んだなら持ち場に戻りなさい。そんなにここの職員は暇なのかね?
福永 はい。失礼しました。あ。トイレは廊下の右手、お茶はそちらのポットにお湯がありますので、ご自由にお召し上がりください。御用の際はそちらの電話で内線099から呼び出してください。
斉藤 どうもすみません。
横山 ほほう。まるで山奥にひっそりとたたずむ温泉宿のようだな。
福永 ありがとうございます。では失礼いたします。

 福永退室。

横山 …嫌味もわからんのか、田舎者め。(キョロキョロして)それにしても、薄暗くて小汚い部屋だな…。(大きな声で)まさか、物置を楽屋代わりにしているんじゃないだろうなぁ?
斉藤 き、聞こえちゃいますよ?
横山 構わん。私は事実を述べているだけだ。
斉藤 お茶、入れましょうか?
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