祈り足りないの
 山の奥深くに、隠れるようにしてその家はある。そこはかつて町を追われた宗教団体の分派が密かに共同生活を送っていたところだ。今ではその分派も解散し、住んでいるのはマナミだけである。
 舞台はその家のリビングにあたる部屋だ。大きなテーブルとイスがある。出入り口は三つあって、一つは玄関へ通じ、もう一つはキッチン、そして廊下への出入り口がある。その廊下は家の奥へとつながり、個室や大部屋へ行けるようになっている。リビングには暖炉があって火が入っている。また、それとは別に大きな柱があって天井に近いところにはご神体のようなものがある。ただ、それは埃をかぶっていて今ではもう顧みられていないようだ。



秋の夕刻。部屋にはヒダカがいて、周りを見渡している。しばらくするとマナミがティーポットとカップの乗ったトレイを持ってやって来
る。カップからは湯気が立っている。

マナミ (ヒダカにカップを渡して)どうぞ。
ヒダカ あ、すみません。
マナミ 寒い?
ヒダカ あ、けどこれ、あたたかいです。
マナミ 暖炉の……(と暖炉をのぞき込む)
ヒダカ いや、本当に。
マナミ そう?
ヒダカ すみません。
マナミ 寒かったら。
ヒダカ ええ。
マナミ どうぞ。
ヒダカ いただきます。

   沈黙。

マナミ 町はまだ秋でしょ。ほら、教会の庭にあるあの木……
ヒダカ はい。
マナミ あれも、もみじが今、一番きれいだし。
ヒダカ ええ。
マナミ けど、ふもとの村はもうほとんど落ちてるし……でしょ? どうだった?
ヒダカ 道にいっぱい。しきつめたみたいになってました。
マナミ ここはもう……雪、たぶん今晩ぐらい。
ヒダカ 早いんですね。
マナミ 早いし、長いし。冬が来るのはこっちが先だけど、春は後じゃない? 桜も町の方が早いし。
ヒダカ ええ。
マナミ もっと寒くなると思うよ。
ヒダカ 大変ですね。
マナミ そういうものだから。
ヒダカ ええ。
マナミ ミルクとか……
ヒダカ はい?
マナミ ないのね。
ヒダカ おかまいなく。
マナミ ごめんなさい。
ヒダカ 美味しいです。
マナミ いつもは? 砂糖は入れるでしょ。レモンは?
ヒダカ いえ、なにも。
マナミ なにも入れない?
ヒダカ 贅沢ですから。
マナミ うん。
ヒダカ それに香りが。この方が。……こんなおいしいお茶が飲めるなんて思ってもいませんでした。
マナミ そう……
ヒダカ 感謝しないと。
マナミ うん。

   沈黙。

マナミ なんにもないのよ。
ヒダカ はい。
マナミ せっかく来てもらったのに、ごめんなさいね。
ヒダカ そういうことじゃないですから。僕の方こそすみません、無理に押しかけて。
マナミ 全然。わたしがどうぞって言ったんだから。ま、びっくりはしたんだけど、はじめは。
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