それでは、ごきげんよう
<登場人物>
原田…個人タクシー運転手
船木…保険会社の営業部に勤めるOL
葛西…通販会社の開発企画部で部長を務めるサラリーマン
雨が降り続いている。
暗闇に静かに響く雨音。
深夜のタクシープール。すでに他に停車しているタクシーはない。
こんな時間にほとんど利用客のいない片田舎の駅。
個人タクシーの運転手・原田が客待ちをしている。
原田 (腕時計を見て)終電、行けども、客は来ず…か。
雨と暗闇で視界の悪いバックミラーを覗き込んで、客が来るかを確認する原田。
原田 (目を凝らしながら)よく降る雨だなあ…。
しばらく駅の方を窺っていた原田だったが、人の気配が無いらしく、運転席のシートに深くもたれかかってため息をつく。
原田 やっぱり終点の駅で待機したほうが良かったかなぁ。
あきらめて「空車」のメーターをオフにして、ラジオのスイッチを入れる原田。
スピーカーからはB’zの「ねがい(BUZZスタイル)」が流れ始める。
静かなイントロが、そのまま原田を仮眠に誘うような気配を漂わせる。
やがて、傘を差したサラリーマン風の男・葛西が後部ドアの前に駆け寄ってくる。
運転席をガラス越しに覗き込むようにしている葛西だが、原田は気付かない。
葛西 あのぉ…。
葛西の声もラジオの音楽のせいで原田には聞こえないらしい。
ドア、ガラスの辺りを激しくノックする葛西。
やっと客の気配に気付いた原田、ラジオの音量を下げ、あわててドアを開ける。
原田 あ!失礼しました。どうぞ、ご乗車ください。
傘を閉じ後部座席に乗車する葛西。
それまでかかっていたラジオのスイッチを切る原田。
原田 (運行記録を記入しながら)珍しいですね。
葛西 (傘をたたみながら)え?何がです?
原田 いえ。だいたいこんな時間に、こんな片田舎の駅でご乗車いただくお客様ってのは、宴会か何かで飲みすぎて、うとうとしているうちに電車、乗り過ごしちゃったって方が多いんですけれど、お客様は素面(しらふ)のようですから…。
葛西 ああ、そういうことですか。
原田 違いました?
葛西 うとうとして乗り過ごして…っていうのは、おっしゃるとおりです。
原田 でも、飲んでいませんよね?
葛西 何でわかるんですか?
原田 (後部座席の方を向いて)お客様、ネクタイが緩んでませんでしょ?こんなお時間までお仕事ですか?
葛西 はあ、まあ、その通りです。
原田 (前へ向き直り)熱心なのは結構ですが、無理なさらないで下さいね。(出発の準備をしながら)こんなお時間まで働いちゃあ、身体に毒ですよ…。で、どちらまで?
葛西 …プッ(小さく笑う)。
原田 (再び振り返り)どうしました?
葛西 いや、そうおっしゃる運転手さんも、こんな時間まで働いてるじゃないですか?
原田 …ああ、言われてみればそうですね。はははっ。こりゃ、一本取られました。
葛西 藤原台までお願いします。
原田 はあ〜。これはまた派手に乗り過ごしましたねぇ。この時間帯でも30分はかかりますけれど、よろしいですか?
葛西 ええ。帰れるのならば。
原田 (前を向きながら)ありがとうございます。では出発します…?
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