うみのうた
うみのうた 作:田辺剛

【登場人物】さくら/秀夫/真穂/薫

東京。舞台は高台に建つマンションの一室。紅葉が話題になり始める頃、たとえば十月半ば。

それほど広くもない雑然とした部屋のなかに、明らかに場所をとりすぎているビーチベッド。その上でさくらはビーチサンダルとサングラス、そして麦わら帽子を斜めにかぶってくつろいでいる。近くにおいてあるラジカセからは波の音が流れている。もともと部屋の真ん中にあった小さなテーブルは部屋の隅に立てて置かれている。
   
舞台奥に出入り口が一つ。上手側はバスルームやトイレ、そして玄関へと続いている。下手側は台所へと続いている。


土曜日。夕方。波の音が聞こえる。

秀夫の声 ただいま。

沈黙。
部屋の前を通り過ぎる秀夫の片手にはコンビニの買い物袋、もう一方には郵便物と風俗のチラシ。秀夫は部屋をちらりと見て一瞬固まるが、そのまま下手へ消える。

秀夫の声 冷蔵庫、入れるぞ。
さくら (秀夫の声に呼応して)…あー。

沈黙。

さくら あー。

沈黙。

さくら あー。

沈黙。

さくら (大きな声で)あー。
秀夫の声 なに?
さくら あー。
秀夫の声 え?
さくら あー。
秀夫の声 …。
さくら 欲しい。
秀夫の声 …え?
さくら 渇いた。
 秀夫 (姿を現して)なに?
さくら 飲む。
 秀夫 ああ。
さくら 喉。

秀夫、郵便物とチラシを床に投げ置き、下手へ消える。

秀夫の声 コップ、ないぞ。
さくら …。
秀夫の声 洗えよ。
さくら いいじゃん、ラッパで。
秀夫の声 え?
さくら いいよ、もう…あー。
秀夫の声 テーブル戻せよ。
さくら …。
秀夫の声 テーブルを、戻せ。
さくら 氷も。

沈黙。秀夫、洗い立てのコップを持ってくる。さくらは全く動いていない。秀夫、コップを振って水滴をさくらにかける。

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