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ファーブルの森

ファーブルの森
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作　酒井　一成

登場人物
ファーブル　昆虫採集に夢中の少年
その父・その母
チョンパ　ファーブルのガールフレンド

　　　　　　　　　昆虫採集用の網を構えた少年（ファーブル）が登場する。蝶を追っているらしい。
　　　　　　　　あくまで楽しげに、しかし緊張感をもって、蝶を捕らえようとしている。捕まえたと
　　　　　　　　思っては逃がし、最後には「ちょっとごめんなさいよ」といいながら客席まで入って
　　　　　　　　いく。が、もたもたしているうちに蝶は飛び去ってしまう。

ファーブル　ちぇっ、もう少しだったのに。

　　　　　　　　　なおも諦めきれないように遠くを見ているが、やがて客席に向き直る。

ファーブル　金色のアゲハチョウを見たこと、ある？そんなもん、いるわけないじゃないかって思うだ
　　　　　ろ。僕もそう思っていた、この目で見るまではね。とてもきれいなんだ。でも動きが素早い
　　　　　んだ。たまにしか見つけることができないし、見つけても捕まえることなんかできやしない。
　　　　　でも、いや、「でも」じゃないな。だから、捕まえたくなるんだ。

　　　　　　　　　ファーブル、木の切り株に座る。

ファーブル　僕は小さい頃から虫が好きだったらしい。まだ赤ん坊の頃から、お母さんが庭に僕を連れ
　　　　　て行くと、じっと飽きずにアリが歩くのを見ていたんだって。初めて二本足で歩くようになっ
　　　　　た時も、まっさきにバッタか何かを追いかけていったらしいや。で、ついたあだ名がファーブ
　　　　　ル。字が読めるようになってすぐくらいに、お父さんが「ファーブル昆虫記」を買ってきてく
　　　　　れた。まだ小学校にはいる前だぜ。本がぼろぼろになるくらいまで読んだもんさ。いや、半分
　　　　　は「読んでもらった」って言ったほうが正直なところかな。でもね、虫が好きだっていうのも
　　　　　結構大変なんだぜ。そりゃ、ちっちゃいときはよかったんだけどさ。虫だったら何でも好きっ
　　　　　て、僕みたいなのがいる代わりに、虫だったら何でも大嫌いって人もいるんだな、これが。た
　　　　　とえばうちのお母さんだ。

　　　　　　　　　お母さんが現れる。

お母さん　　外から帰ってきたと思ったらすぐに自分の部屋に閉じこもって。「ただいま」くらい言った
　　　　らどうなの？
ファーブル　ただいま。
お母さん　　おやつは？カボチャが煮てあるわよ。
ファーブル　まだ煮てないのがあったらちょうだい。オスカルにやるから。
お母さん　　オスカル？
ファーブル　昨日捕まえてきたダイコクバッタだよ。かなりの大物なんだ。
お母さん　　あんたは？
ファーブル　あとでいい。
お母さん　　また虫？そんなに熱心になにをやってるの？
ファーブル　標本を作ってるんだ。
お母さん　　また？

　　　　　　　　　と、ファーブルの手元をのぞき込もうとする。

ファーブル　　　ちょっと。見ない方が・・・

　　　　　　　　　お母さん、吐きそうな顔をして離れる。

ファーブル　だからさ、お母さん気が弱いんだから、見ない方がいいって。
お母さん　　なにしてるの？
ファーブル　バッタ系の標本を作るときには、最初に内蔵を取り出さないとダメなんだ。そこから腐っち
　　　　　まうんだよ。おなかのところに切れ目をいれて、内臓を取り出したあとで綿を詰めるんだ。綿、
　　　　　お母さんの裁縫箱からもらったよ。

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