雪のない冬の日
雪のない冬の日
            作  川村武郎


〈登場人物〉

 定岡卓也
 定岡祐子
 吉田雅之
 磯部健太郎
 船越美恵
 りんご
 細見亜紀




      暗闇の中、「海ゆかば」が荘重に鳴り響く。
      舞台がゆっくりと明るくなる。
      正面に、自衛隊の制服姿の定岡卓也の大きな顔写真。
      その前に、喪服を着た祐子。
      脇に、制服姿の自衛官、吉田が、直立不動で立っている。

首相の声   故・定岡卓也陸曹の非業の死を悼み、衷心より弔意を捧げます。イランの復興支援と治安の維持に尽力された将来ある有為の自衛官を失ったことは、大きな悲しみであると共に、卑劣なテロリズムに対する強い憤りを禁じ得ません。御家族の胸中を察するに、申し上げる言葉もありません。心からお悔やみ申し上げます。
先だって我が国は、国際連合安全保障理事会の常任理事国として、国際社会の平和と秩序維持に寄与すべく責任ある立場に立ちました。その矢先に、このような尊い犠牲を払わねばならなかったことは、誠に沈痛の極みではありますが、この深い痛みを乗り越えてこそ、我が国の国際貢献に対する真摯な姿勢と誠が顕示されるのであり、また、故人の遺志もそこにあるものと信じます。
定岡陸曹は、日本国、日本国民の誇りであります。我々は、あなたの国を思い、平和を願う高い志と熱い思いを決して忘れることはありません。日本政府と日本国民は、平和の礎として散った尊い英霊の遺志に応えるべく、敢然としてイランの復興と平和維持に精励することをここにお誓い申し上げます。
どうか安らかにお眠り下さい。
平成二十一年、二月二十四日。内閣総理大臣、黒沢正樹。

      祐子が会釈する。
      吉田が敬礼する。

      照明が薄暗くなり、祐子にエリア明かり。
      吉田が退場する。

      祐子にカメラのストロボが連射される。

      ボイスレコーダーをかざして磯部と船越が現れる。

磯部   亡くなられたご主人に、何かおっしゃりたいことは?
祐子   え‥‥。
船越   黒沢首相に対して、何かおっしゃりたいことは?
祐子   あの‥‥。
磯部   お腹にお子さんがいらっしゃるんですよね。
祐子   ああ‥‥はい。
磯部   今、何ヶ月ですか?
祐子   えーと、六ヶ月です。
船越   自衛隊史上、初の戦死者ということになりますが、それについてはどう思われますか?
祐子   そういうことは、私の立場では‥‥。
磯部   ご主人は、お子さんの名前は考えていらっしゃったのでしょうか?
祐子   いえ‥‥それは、まだ‥‥。
船越   首相が「英霊」という言葉を使いましたが、それについては?
祐子   さあ‥‥それは‥‥。
磯部   定岡陸曹に国民栄誉賞を与えるべきだという声がありますが?
祐子   ああ‥‥そうなんですか。
船越   自衛隊は、イランから撤退すべきだとは思いませんか?
祐子   さあ‥‥。
磯部   ご主人と最後にお話しされたのはいつですか?
祐子   たしか‥‥一週間前だったと思います。
磯部   それは、電話ですか?
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