口火きる、パトス
一人芝居『口火きる、パトス』(作・山本タカ)

《作者メモ》
本作品は、男性役の一人芝居ですが、女性が男子生徒の制服、もしくは、ジェンダーレスな制服を着て演じても良いと思います。
舞台装置が少なく演じられる一人芝居ですので、高校演劇などでも上演がしやすいと思います。
プロの俳優による初演上演時間は45分程度でしたが、演出や演者の演じ方で55分程度の演劇にもできるかと思います。

これは、一人で演じることを前提にした台本である。
当然、主人公の柳幹久以外は、マイム、もしくは人形などを使用して表現されることとなる。が、その方法は、演出家に一任することにする。
また、柳のセリフ中に、「」で示されるカッコ書きは、作中に登場する他の登場人物が言った言葉、もしくは手紙に書かれていることを、復唱しているものと解釈して差し支えないです

【登場人物】

柳 幹久(やなぎ みきひさ)……高校3年生。弁論部部長。偏屈の極みの様な高校生。







一幕
【1】

        暗転、開けると、そこは弁論部の部室である。
        柳は凛々しく窓から校庭を睨んでいる。
        部室内には、後輩の芹沢(せいりざわ)がいる。

柳    芹沢。あれを見ろ。

        柳、指を指す。

柳    仲むつまじげに、サッカー部の副キャプテンとソフトテニス部  の女子が帰っているな。あれを見て、芹沢。どう思う? ……そうだな。ふしだらだ。奴らは県内屈指の進学校である我が校に入学しておきながら、球遊びに興じ、あまつさえ色恋に現を抜かしている。芹沢、よく見ておけ。

        柳、芹沢を引き寄せ、頭を掴み同じ光景を見せる。

柳    あれが、人間の堕落した姿だ。

        柳、芹沢を解放する。
         以下、丸カッコ内は、芹沢の返事の想定である。

柳    芹沢、お前にはこの弁論部唯一の部員、そして後輩として、この俺の持っている全てを叩き込もうと思っている。嬉しいか!   (はい!)声が小さい! 嬉しいか! (はい!)嬉しいか!  (はい!)嬉しいか! (はい!)そうだろう!……かのソクラテスは言った。弁論には三つの重要な要素がある。(指を掲げ)ロゴス、復唱! (「ロゴス!」)即ち論理! エトス! (「エトス!」)即ち信頼! そしてパトス!(「パトス!」)即ち情熱だ! 情熱とは、大きい声である! わかったか! (「はい!」)弁論は、古代ギリシャに起源を置く、非常に高尚な嗜みであり、社会的教養だった。弁論の巧みさこそ、優れた智者の証であったし、人々の尊敬の基準であった。対して、サッカーは、8世紀のイングランドにおいて、負けた敵方の将軍の生首を蹴ったことが起源とされている! いいか! 芹沢!

        芹沢の頭を窓際に持ってくる。

柳    サッカーは、蛮族の遊びだ。

        柳、芹沢を解放する。

柳    弁論とスポーツ、どちらが素晴らしいか、比べるべくもない。しかし、この島国、こと学校においては、運動能力というものが、そのままクラスヒエラルキーに直結する。おかしいな! (はい!) 悔しいな! (はい!)羨ましいな! (はい!)馬鹿野郎! (殴る)誇りを持て、芹沢。高校生日本語弁論大会準々優勝の俺が、お前を指導してやろうというのだ。……言っておくが、俺は、すぐ手が出るタイプだ。言葉の力を知っているからこそ、それが無力になる瞬間を知っている。覚悟するように。

    学校のチャイムが鳴る。

柳  よし。今日のところはこれで終わる。

        柳、帰り支度をして自転車にまたがる。

【2】

        柳、自転車をこぎながら帰り道を行く。
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