創作落語「甚五郎の皿」
0:出囃子に乗せて落語家が登場。
0:ゆっくりと座布団に座り、客席を見渡す。
語り:えぇ、しばらくのおつきあいを願います。
語り:「人は見た目が9割」なんて本が随分前にベストセラーになっていたのを皆さんは覚えていますでしょうか。
語り:その本を見て思いましたねぇ。人を見た目で判断しちゃいけないと親から教わったのに、それは間違いだったのかと。
語り:見た目が9割だとすると、不細工の人にはどうしようもないじゃないじゃないですか。もう、これは人生が負け戦ですよ。
語り:ああぁぁ、私は色男に生まれてホントによかったと思いましたね。
語り:(笑)まあ、それは冗談ですけれども。そんな本があったかと思えば、最近本屋に行って驚きました。その本のタイトルを見た時、ついに私の時代が来たかと思いました。「人は話し方が9割」。これだ。この本を待っていた。ようやく時代が私に追いつきましたね。
語り:あぁ、でも、そうするとですよ。見た目が9割で話し方が9割だとすると18割で10割超えちゃってるんですよねぇ。これはどうしたものかと隣の本に視線を移して、さらに驚きました。「人は聞き方が9割」。これで27割。
語り:あのぉ、人って何割までオッケーなんですか?
語り:もう訳がわからなくて、店員さんに相談しました。いったいどれが正しいんですか、と。そしたら、「僕のオススメはこれです」と手に取ったのが「人は考え方が9割」。これで36割。
語り:なんと言いますか、本のタイトルって、なんであんないい加減なんでしょうね。
語り:それはそれとして、人は見た目で判断しちゃあいけないってのは、今も昔も変わらないようで。馬の毛並みだけを見て馬の値打ちを判断しちゃいけない。「*毛を見て馬を相す《けをみてうまをそうす》」なんて言葉もございますが。古道具屋さんの目利きというのも同じで、ガラクタの中から値打ちものを探す、なんてのはなかなか難しいようですな。
道具屋:ただいまぁ。
女房:あら、あんた、朝っぱらからどこ行ってたんだい。お天道様はとっくに*昇《のぼ》っちまったよ。
道具屋:あぁ、ちょっとな。
女房:ひょっとして仕事かい?
道具屋:まぁ、そんなもんだい。
女房:ああ。それで、掘り出し物は見つかったのかい?
道具屋:掘り出し物?
女房:あんた道具屋だろ? 珍しい物が売られてないかって、朝早くからどこかに仕入れに行ってたんじゃないのかい?
道具屋:いや。
女房:じゃ、どこに行ってたのよ。
道具屋:ちょいと芝の浜のほうにな。
女房:何しに?
道具屋:何しにって?
女房:あんた道具屋だろ。魚屋でもないのに朝っぱらから浜に行く理由なんてないだろ。
道具屋:だから、落ちてねぇか探してたんだよ。
女房:何を?
道具屋:財布。
女房:えぇ?
道具屋:だから財布だよ。
女房:バカだねぇ。そんな都合よく財布なんか落ちてるわけないじゃないか。
道具屋:いや、この前な、仕事仲間から聞いたんだよ。なんでも、芝の浜で*四十二《しじゅうに》両入った財布を見つけた魚屋がいるって話だ。家から一刻も歩けば芝の浜じゃねぇか。もしかしたら、もう一つ落ちてるんじゃねぇかと思ってな。いやぁでも見つからねぇや。そりゃそうだよなぁ。
女房:ホントにバカだねぇ、お前さんは。道具屋には道具屋の稼ぎ方ってものがあるだろう。
道具屋:わかってるよ。毎日毎日うるせぇな。珍しくて高く売れるもんを見つけてこいって言うんだろ。そう簡単に見つかったら苦労しねぇんだよ。
女房:ところがそうでもないんだよ。聞いて。
道具屋:なんだい?
女房:隣町の古道具屋の甚兵衛さん、知ってるだろ?
道具屋:おう、甚兵衛さんがどうしたい?
女房:噂で聞いたんだけどさ。甚兵衛さんが古い太鼓を*一分《いちぶ》で買ったらしいんだけどね。
女房:それを*丁稚《でっち》の定吉が店先でハタキをかけていたらね、たまたま通りかかったお殿様がその太鼓を三百両で買ってくれたそうだよ。
道具屋:えええぇぇ、一分が三百両になったってのかい。そいつはすごいね。太鼓の中に五百両も入ってたんじゃねぇのか?
女房:そんなわけあるかい。なんでも「*火焔太鼓《かえんだいこ》」って大変珍しい太鼓だったそうだよ。
道具屋:へぇぇぇ。そんなことがあるんだねぇ。
女房:関心してる場合かい。お前さんも道具屋なら物の目利きってのが出来ないといけないよ。ボロに見えても、実際はもの凄い物かもしれないんだ。
道具屋:確かにそうだねぇ。
女房:甚兵衛さんが大儲けできたんだ。あんたもしっかりやんなさい。
道具屋:そうは言ってもなぁ。欲張りは身を滅ぼすって昔から言うだろ。欲に溺れちゃあ、それ相応の報いを受けるんだ。楽して儲けようなんて考えちゃいけねぇよ。
女房:わざわざ芝の浜まで落ちてる財布を探しに行ったあんたが何言ってんだい。
道具屋:そりゃ確かにその通りだ。こりゃ一本取られたね。
女房:大儲けして、私にお化粧道具の一つでも買っておくれよ。
道具屋:*年増《としま》のお前が化粧しても、何も変わりゃしねぇよ。
女房:私も若い頃は品川小町と言われたもんさね。ちょいと化粧すりゃ、お殿様だってほっときゃしないよ。「そこの美しい*女子《おなご》よ。儂の妾にならんか」なんて言われたら、私も断われないもの。そしたら、あんたを置いてお殿様のところに行くしかないわ。
道具屋:なに馬鹿なこと言ってんだ。そんなことあるわけねぇじゃねぇか。鏡見てから言いやがれ。
女房:そういや、お前さん、こんな話を知ってるかい?
道具屋:知らねぇ。
女房:まだ何も言っちゃいないよ。
道具屋:なんだよ?
女房:仙台の*宿場町《しゅくばまち》に、町で一番小さな「ねずみ屋」って宿があってね。そこに泊まったお客が可哀想な主人を見かねて、そこらへんにあった木片から一匹のねずみの置物を彫ったんだってさ。
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