鍋を囲んで
『鍋を囲んで』

☆登場人物
ケンゾウ     元営業職。会社のリストラで失業中だが、家族にはまだ言えず、公園へ“通勤”を続けている。
カズコ      明るく見えるが、その明るさは家族を支えるための“仮面”。
ユリエ      大学4年。13社の面接に落ち続け、次第に自信を失っていく。
タダオ      中学1年 無表情で、学校では孤立している。   
カオル        小学6年・不登校   公園でケンゾウと出会う少女。
面接官2名
シゲル       タダオのクラスの男子。声が大きく、空気を読まない。
チーコ       同、女子。常にスマホを触っている。
教師(声のみ)──授業をしているようで、何も中身がない。

(最小4名構成も可能)

☆Ⅰ 食卓1

        薄橙色の居間。
        テーブル中央にまだ火の入っていない鍋。具材が皿に並んでいる。
        テレビからニュースの声が断片的に聞こえる。
        「……ボーナス支給見送りの企業が……」「就職内定率、過去最低を更新」
        風の音。外は冷たい。
        ケンゾウ、新聞を広げたまま黙ってビールを飲んでいる。
        カズコ、エプロン姿で材料を並べたり片づけたりを繰り返す。
        ユリエ、ノートパソコンを開いて求人サイトを見ている。
        タダオ、ゲーム機をいじりながら足で椅子をゆらしている。

カズコ   お湯、もうすぐ沸くからね。みんな箸出して。

        誰も動かない。

カズコ   ねえ、箸。タダオ。
タダオ   あと一戦だけ。
ユリエ   (顔を上げずに)そう言って二戦やるんだよね。いつも。
タダオ   うるさいな。お姉ちゃんだって、ずっとパソコン見てるじゃん。
ユリエ   これは仕事探し。あんたのゲームとは違うの。
タダオ   仕事探しって、ゲームより難しそう。
ユリエ   ……そうね。レベル上がらないし、敵ばっか強い。
カズコ   やめてよ。食事前に暗い話しない。(ケンゾウの方を見て)お父さん、そろそろ火つけてもいい?
ケンゾウ (新聞のまま)うん。
カズコ 「うん」って、どっち?つける?つけない?
ケンゾウ つけていい。

        カズコ、カチッと火を点ける。鍋が静かに煮立ちはじめる)

ユリエ   ねえ、ニュース見た?また「氷河期世代の再チャレンジ支援」とかやってる。
ケンゾウ ああ。
ユリエ   ああ、じゃなくてさ。要するに、あたしたちの世代も、次の氷河期なんだって。まるで代々続く病気みたいじゃない?
ケンゾウ ……そうかもな。
タダオ   氷河期って、マイナス何度?
ユリエ   そういう話じゃないの。
タダオ   だって“氷”って言うじゃん。だったら寒いんでしょ。
カズコ   あんたは暖房つけた部屋で言うことじゃないわね。(おたまを鍋に差しながら)でもまあ、寒い時代なんだろうねえ。ボーナスも出ないし。

        ケンゾウの手が止まる。小さく新聞が鳴る。

カズコ   ……出ないんでしょ、今年も。
ケンゾウ わからん。
カズコ   「わからん」って、どういうこと。だって、もう月末よ。去年もそんな言い方して結局──
ケンゾウ (少し強く)わからんって言ってるだろ。
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