P.S ニコヨンの母
『 P.S ニコヨンの母  』

ヨイトマケの唄。~冒頭からエーンヤコラサ!まで
ゆっくり明かりつく。
椅子と簡素なテーブル。向こうにはカウンターがあるのか。
女が入ってくる。やや酔っぱらっている。カラン。

女 「あ、マスター。お酒ちょうだい。大丈夫、まだ酔ってやしないわ。
え?酔っ払いの台詞?ハハ・・・。大丈夫。ほろと酔いよ。(見渡して)お客さん、
今日は居ないの?・・・そう。私ね、昨日、今日と、人生最高の時間と最低の時間を両方味わって、もう、車酔い?いや、そんなもんじゃないわ。例えて言うなら、クレーン車の紐の先端にぶら下がっている重いボウリングの玉のような、こう・・・ふりこになって右に左に振り回されがれきを作っている・・・。とにかく私は今、脳内大震災でがれきの中にいるのよ!ああ・・・自分でも何を言っているかわからなくなってきたわ。」

女 「(マイムで水を出されたのか)あ、ありがと。(水を飲む)。あ、バーボンで。
   ・・・マスター私ね、結婚することにしたの。そう、プロポーズされたの。ありがとう。目出度いわよね。うん、
   とてもいい人よ。彼ね、エンジニアなの。
   え?出会い?はは、私がデパートの受付嬢で、彼がデパートの修繕に来て・・・。
   少しずつお話しするようになって。で、今日「結婚してください」って言われたの。
   とても嬉しかったわ。だって、両親以外に私の事を考えてくれる人に出会えたんですもの。」

女 「彼も私もね、お父さんを早くに亡くしているのよ。ええ、戦死。彼のお父様は職業軍人だったらしいわ。え?父?父は終戦の少し前に、汽車に乗ってどこかへ行っちゃった。それっきり、骨もかえってきやしないわ」

女 「それから間もなく戦争が終わって、『進め!百億火の玉だ!』そんな言葉はどこかへ行ってしまった。火の玉となったお父さんは、一体どこへ行ったのかしら?あ、彼ね、広島の出身なんですって。ピカを経験したとも言っていたわ。そう、原子爆弾ね。広島ではピカと言われているんですって。プロポーズされる少し前に、彼に打ち明けられたの。何度かお見合いもしたけれど、それが理由で断られたそうよ。カタワの子が生まれるからですって。私、彼に聞いたの。「必ずカタワの子が生まれるの?」って。彼、ぼそりと言ったわ。「そんなわけないじゃないか。」って。絞り出すようだったわ。何故世間は、不幸なニュースばかりを流したがるのかしら?
   私、彼に言ったの。『いつまでも馬鹿らしい時代ね』って。彼、笑ってた。私も思わず笑ってた。それで私、すっきりしたのね。だから、彼のプロポーズを受けたのよ。」

女 「私、嬉しくて母の墓前に報告したの。そして会社にも。・・・でも、上司はなんていったとおもう?『ああ、おめでとう。・・・じゃあ、いつで辞めるの?』
   私は頭が真っ白になったわあ。だって、辞めるって選択肢なかったから。母の姿を見てずっと働く気持ちでいたから。」

女 「え?母?母は父が亡くなってからずっと、働いていたの。顔が綺麗な人だから何度か再婚の話もあったらしいけど、嫁ぎ先から『再婚するなら子供は置いていけ』と言われたもんだから、それが嫌で再婚話を断っていたらしいわ。だから母は、女手ひとつで、私を育ててくれたのよ。戦後、どうしようもなくて、パン助になろうともしたけれど、そしたら私が恥ずかしい思いすると思って、土方になったのよ。男性に混じって泥だらけになっては働いていたけれど、私は恥ずかしくて他人のふりをして通り過ぎてしまっていたの。でも、皮肉よね。母の稼いだお金で、学校へ行っていたというのに。」

女 「ずっと、『土方の子。日雇いの子。』とは噂されたけれど、学校を出て、働くことが出来たわ。そして、素敵な旦那様と出会えた。
   彼は、仕事を続けることには反対はしていないの。でも、会社は、女は結婚したら辞めるものだと思っている。・・・彼のね、お母様にもお会いしたの。そしたら、お母様も女は家を守るものだと言うの。・・・ねえ、マスター。どうしたらいいと思う? 」

女 「え?母?母はね、ずっと土方。そう、ニコヨンって言われていたの。日給245円だからニコヨン。本当に。苦労、苦労でね。
   戦争が終わって父が死んだと知らせがあって、家は無くて、モノもなくて。まだ若かったから、仕事探しには苦労したらしいわ。再婚話に「カフェの仕事」、「バーの女給さん」本当にいろんなさそいがあったらしいわ。でも、母はそれを断ったの。で、残ったのがニコヨン。もう少し楽な仕事もあったろうに、なぜかそれを選んだのよね。」

 女、ボーっと思いを馳せながら

女「『父ちゃんの為ならエーンヤコラ、子供のためならエーンヤコラサ』って唄ってたっけ。」

女 「・・・辞める、辞めないじゃないのよ。やるしかなかったのよ。・・・母は、辞める選択肢は無かったのね。それに比べて、私は恵まれているじゃない?」

女 「もう3年か、、、マスター。私、辞めたくはないの。でも・・・ん?どうしたの?」

 マスターによって、音楽が。女、しばらく聞きほれる。

女 「これ・・・メケメケだっけ?外国のことばでそれがどうした?っていう意味だとか?そう。そうね。」

女 「マスター、ありがとう。」

 女、暫く聞き惚れたあと、経ちあがる。
 明り、カットアウト。
真っ暗な中で、少し音楽が鳴った後、機械音に変わりカットアウトされる。


                                 完
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