或る作家の事件手帳
大正時代。
高森の家。
ちゃぶ台に高森が座っている。
ちゃぶ台の上には大量の紙。
藤崎、勢いよく入ってくる。
藤崎 高森先生!おはようございます!
高森 おはよう、藤崎君。今日も元気だね。
藤崎 これだけが取り柄ですから!
藤崎、荷物を置いたりお茶の用意をしたりしながら話し続ける。
藤崎 どこまで進みました?
高森 まだ序章だよ。
藤崎 新聞社もひどいですよね。一から書き直してくれだなんて。
高森 愚痴をこぼさない。これも、愛すべき読者の感想だからね。
藤崎 愛すべき読者は、こんな感想持ちません。
高森 世相と社会状況で、新聞社も大変なんだよ。いろんなところに気を遣う職業だからね。
藤崎 確かに、先生の小説はちょーっと政府批判的なところもありますけど。
高森 長いものには巻かれて生きるのが賢い選択だよ。
藤崎 それがわかってるなら、どうしてそういう小説を書いてるんですか?
高森 私が書いているんじゃない。このペンに書かされているんだよ。
藤崎 またわけわかんないこと言って。誤魔化さないでください。
高森 藤崎君、お茶はまだかな?
藤崎 今持って行きます。
藤崎、湯飲みを二つ、ちゃぶ台に置く。
高森、湯飲みを手に取るが、熱くてなかなか飲めない。
藤崎、ちゃぶ台上の紙をまとめる。
藤崎 八、九……先生、十が抜けてますよ。
高森 後ろの方に混ざっていないかい?
藤崎、紙をそろえて机の下に置く。
藤崎 いつも言ってますけど、原稿用紙はちゃんと順番通りに並べてください。
高森 右上に番号を振っているからわかるだろう?
藤崎 それをいちいち確認してそろえる私の身にもなってくださいよ。それに。
高森 それに?
藤崎 小説は最初から流れるように読みたいじゃないですか!
高森 君は助手なのか、ただの読者なのか。
藤崎 助手の特権を十二分に活用している読者です。
高森 いささか活用しすぎてはいないかい?
藤崎 いいじゃないですか、これくらい。
高森 まあ、君の的を射た感想は、確かに役に立ってくれているかな。
藤崎 先生の作品は全て把握してますから!
高森 君は本当に私の作品が大好きだね。
藤崎 熱烈な読者です!
ちゃぶ台の上から手紙が落ちる。
藤崎、拾う。
藤崎 先生、これは?
高森 そういえば、そんなものも届いていたね。
藤崎 見てないんですか?
高森 見てないね。差出人は?
藤崎 みながわさん、ですかね?
高森 皆川、か。
藤崎 ご友人ですか?
高森 そんなものかな。
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