鴉の兵法
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榎本邸。老いた榎本が縁側に腰かけている。隣で萩がお茶を淹れている。
鴉の鳴き声が聞こえると、榎本はそちらに視線を向ける。萩は榎本の視線を追う。
萩 何を見ているのかと。鴉ですか?
榎本 …この歳になると、どうも、昔のことばかり思い出すものでね。君も、もう聞き飽きたでしょう。年寄りの与太話は。
萩 いいえ、ちっとも。
榎本 私なんかは、爺様の昔話にうんざりした思い出しかないものですが。
萩 おじ様の話は面白いです。特に、戊辰の時のお話が。
榎本 君が聞き上手だからかもしれませんね。
萩 光栄です。今日は何を思い出されたんですか?
榎本 鴉、と呼ばれた男のことです。
萩 …鴉。
榎本 私はね、あれで死んでいった仲間の顔だとか、恨みがましくこちらを見つめる敵だとか、そういったのは思い出さないんですよ。薄情と言われるかもしれませんが、そんなのよりずっと、鴉を見た衝撃の方が、頭に残っている。この話は、初めてするかもしれませんね。
萩 鴉とは、鴉組のことですか? 仙台の。
榎本 よくご存じですね。私は当時、それなりに大きな艦隊を持ってましてね。だから陸地のいざこざには少しばかり疎かったんですが、あの男は…私が直接会ったのは、数えるくらいしかありませんが、それでも仙台藩が信頼を寄せる理由がわかりましたよ。一介の武士に対して、あり得ないほどね。
萩は榎本の話に聞き入っている。
回想。
当時の情景が映し出される。戊辰戦争、白河口に向かって行軍する新政府軍。
突如、鴉の鳴き声が辺りに響く。
隊員① 何だ?
板垣 気にするな。ただの鴉だ。
隊員② 今回はなぜ板垣さんが前線に?
板垣 指揮官が不在で部隊の士気があがるのか?
隊員② しかし、たかが幕府の残党に、そこまで警戒する必要はないのでは?
板垣 いつだって慢心したやつから死んでいく。兵力差があるとはいえ、無傷で帰れると思うな。
細谷 そいつは殊勝な心掛けだ。そちらさんにしちゃ珍しく、戦ってのをよくわかってるじゃねえか。
板垣 誰だ?
銃声が一発鳴り、隊員の一人が倒れる。部隊に動揺が走ると、続けてもう一発銃声が鳴り、一人倒れる。
板垣 四方を警戒しろ! 狙われているぞ!どこかに狙撃手がいるはずだ!
細谷 聞いたか? 狙撃手だってよ! 随分、洒落た名で呼ばれたもんだな!
板垣 隠れてないで姿を現したらどうだ? 賊軍どもが!
細谷 どっちが賊軍だ? 錦の御旗がなけりゃ、こっちまで来ることもできなかった腰抜け共が!
隊員③ 何だと?
隊員④ おのれ、言わせておけば!
集団から外れた二人が連続して銃に撃たれる。
板垣 挑発に乗るな! 的になるだけだ!
細谷 その通り! 雀みてえに縮こまってな! さあ、撃て撃て! 一匹も逃すんじゃねえぞ!
背中に八咫烏が描かれた黒装束を着た衝撃隊が新政府軍を取り囲む。乱戦が始まる。
榎本 あの男は、戦というものをよくわかっていました。最新の兵器を携えてやってくる相手に、真っ向勝負は無謀だと、武士に似合わぬ戦法をとったのです。
板垣の指揮は衝撃隊の罵声にかき消されて行き渡らず、新政府軍は形勢が不利になっていく。
板垣 援軍を要請しろ! 怯むな! 相手は少数だ!
武藤 実家に帰れ、薩摩芋野郎!
隊員⑤ 何だと、仙台味噌野郎!
渡辺 仙台味噌舐めんじゃねえ!
桑折 舐めたらカビが生えるだろ!
渡辺 そっちの意味じゃ…!(桑折にツッコみたいが我慢する)
板垣 態勢を立て直せ! まだ勝機はある!
隊員⑥ 何なんだ、こいつら!?
武藤 熊の方がよっぽど強えなあ、おい!
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