花氷
 誰もいない教室。
 夕刻。
 帰りの放送が鳴っている。
 一つの机の上に菖蒲を閉じ込めた花氷が置かれている。
 椿、周囲を見回しながら教室に入ってくる。
 花氷に気づくと、少し驚いて眺めながら、その机に座る。
 雪村、教室の入り口から椿が座るまでの動作を見ている。
 しばらくの間。
 雪村、教室の戸を三回ノックする。
 椿、驚くが振り返らない。

雪村 お嬢さん。

 椿、振り返らない。

雪村 お嬢さん。

 椿、しぶしぶ振り返る。

雪村 やっと見てくれた。
 椿 …何ですか。
雪村 そこ、俺の席だよ。
 椿 …え?
雪村 あ、席替えとかしてると思うけど、そこは俺の席。出席番号三十五番、ね。

 雪村、椿の隣に座る。

雪村 授業、終わったんじゃないの?
 椿 …そうですよ。
雪村 やっぱり。明日、卒業式だよね?
 椿 …はい。
雪村 帰らないの?
 椿 …帰りません。
雪村 そっか。何、最後の教室を目に焼き付けておきたくなった?
 椿 …違います。
雪村 違うんだ。じゃあ、友達との思い出に浸ってた?
 椿 …違います。
雪村 それも違う? ジェネレーションギャップかな…。
 椿 …先生、ですか?
雪村 俺? 先生に見える?
 椿 はい。
雪村 あ、そう! 嬉しいな、何か。
 椿 違うんですか?
雪村 違うよ。でも、そっか、学校にいる大人っていったら、先生かなって思うよね。
 椿 じゃあ、誰ですか?
雪村 誰だと思う?
 椿 え。
雪村 突然教室に入ってきて、そこは俺の席だと主張する頭のおかしい大人? うん、あながち間違ってないな。
 椿 そこまでは、思ってないですけど。
雪村 良かった。そうだったらどうしようかと思った。
 椿 …あの。
雪村 何?
 椿 ここ、本当にあなたの席なんですか?
雪村 信用出来ないよね。でも、本当。まぁ、今は君の席なんだろうけど。
 椿 …。

 椿、立ち上がる。

 椿 どうぞ。
雪村 え?
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