線量計を持つ男
「線量計を持つ男」


◆はじめに
 東日本大震災の原発事故により避難を余儀なくされた男二人のコミカルな会話が、やがて深層へと向かう劇です。まだ放射線量に敏感だった頃の物語です。

◆キャスト
  男A 
  男B 
  娘

曲・開幕
ある公園。ベンチとゴミ箱が置かれている。 ベンチに座り、ひとりぼんやりしているB。リュックを背負い、首から線量計を提げたAが登場。あちこちを計測し、おもむろに手帳に記録し始める。
曲、フェードアウト

A ……東南の角・0.6……道路沿い・0.5……0.9、やっぱり排水口付近は線量が高いなぁ ……1.5、吹きだまりの落ち葉は、危険だ……北西の角・0.4…… (やがてBの足元を測り、 はじめてそこにBがいることに気づく) あっ、失礼しました。
B やぁ、熱心ですね、相変わらず。どうですか? 今日の塩梅は?
A いやぁ、あまり大きな変動はありません……ありませんが、相変わらず高いですなぁ、このあたりは。

Bうなずく。

A とくに、吹きだまってるところとか、排水口付近は、やっぱりだめです。(そちらを指差す)
B やっぱりそうですか……じゃあ、あそこ。あそこなんかどうです?
A えっ、どこですか?
B あそこです。あの、木の影になって、ちょっと薄暗くなっているところ。いや、前から気になってまして……。
A なんですか? 何か気になりますか?
B いゃ、「ホットスポット」ってあるじゃないですか。なにかにおうんです。
A においますか?
B えぇ、においます。
A そんなに、においますか。

二人はそちらへ移動する。

A (鼻でにおいをかぐ)なにかにおいますか。

B、Aを冷めた目で見、引く。

A (Bを見て)いや、ちょっとした冗談です。イヤだなぁ、真に受けないで下さい。
B いや、真に受けたわけではありません。ただちょっと、わたしとは、笑いのツボが違うなぁと思っただけです。
A (照れ笑い) いま、測りますから。( 計測する) 0.4 まぁまぁですね。
B それほどでもなかったですね。(納得) 隣の町では、町内会が、先週から除染を始めたそうです。なかなか行政が動いてくれなくて、町の人たち、しびれを切らしたんでしょうねぇ。でも、廃棄物置き場に困ってしまって、 結局公園の一角に埋めることにしたそうです。
A 除染自体も大変だし、その後に出たものの処置も困ってしまいますよねぇ。よそに移すか、そこに埋めるか……どちらも難しい問題だ。
B ホントに困ったものです……ところであなた、どうして毎日毎日、放射線量を計ってるんですか?
A なんですか? わたし、何かいけないことしましたか? 他人の敷地には入ってませんけど。
B いや、いけないとはいってません。……ただ、どうしてそんなに熱心に計測できるのかなぁ。毎日毎日、よく続くなぁって……ちょっと思ったんです。
A それほど熱心というわけでもありません。なんですか? わたしのしてることは、無駄に見えますか?
B いや、無駄とは言わないけれど……もう数値に、たいした変化はないでしょう。
A そうなんです。そこがまさに困ったところでして。
B 何か困りましたか?
A あなた、困りませんか?
B なんですか? そんなに困りますか?
A 困るじゃないですか。……だって、こんなに毎日毎日一生懸命計っても、ほとんど数値が変わらない……。
B ……変わらない……あぁ、そういうこと。
A やっとわかってくれました? 変わらない怖さが。
B やっとわかりました。あなたの怖さが。(後ずさる)
A いゃ、私は怖くないですよ。いたって穏やかです。
B ……そう……ですね。
A 家内の多少の愚痴も、笑顔で洗い流します。
B 洗い流しますか……
A はい?
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