とある、救い
とある、救い
紗菜
キリエ
少女
水の滴る音がする。
じっと、1点を見つめてる少女、紗菜。
地下水道のような場所に似つかわしくない、カジュアルな格好。
全身がしっとりと濡れている。
ゴオン、と重い扉が開くような音がする。
紗菜、何かに怯えるような振り向きかたをする。
その先には、やはり場に似つかわしくない格好をしている、キリエ。血塗れの格好をしている。
紗菜「…キリエ」
キリエ「終わったよ」
紗菜「…!!」
キリエ「グキッ、って音がしたよ。骨とさ、骨のあいだ…あれ、凄く固いんだね。知らなかった…ぶちぶちってさ、繊維が切れてさ、音が、弾けるような音がして…」
紗菜「やめて!!!」
キリエ「なんでさ。自分でやってくれなかったの。私だってさ、嫌だよ。こんなさ…」
紗菜「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
キリエ「大丈夫だよ。もう、終わったから。もう、何も悩まなくていいんだよ。もう、痛みも、無くなる。辛いことも、なくなる。」
紗菜「……(震えている)」
キリエ、座り込む
やがて、膝を抱える。
自分がバラバラにならないように、呼吸で辛うじて調整をしている。
紗菜「警察とかさ、こんなとこまで、来ないよね。ね。わかるわけないよね。血もさ、少しずつ流せば、バレないよね。肉はさ、腐るよね。腐っちゃえばさ、ネズミ、ネズミとかが食べるよね、きっと…」
キリエ「うん」
紗菜「うん、大丈夫。大丈夫。あいつが悪いんだよ。全部。自業自得だよ。何度も忠告したんだから。それでもあいつは、何一つ聞きいれてくれなかった。人の苦しみとかどうでもよかったんだよ。ね。だからさ、自業自得だよ。」
キリエ「紗菜」
紗菜「しょうがなかったじゃない!!もう限界だったんだよ。このままじゃ、あたしが死ぬしかなかったんだよ!!でも、怖かったんだよ!!電車が通りすぎる時に、足が震えて、何度も何度も飛び出そうとしたのに!!出来なかった、出来なかったんだよ。」
キリエ「紗菜」
紗菜「ちょっと仕返しするぐらいの気持ちだったんだよ。でも、まさか死んじゃうなんて。でも、なんか凄く嬉しかったんだよ。あいつがこの世からいなくなって。ほんとにほんとに嬉しかったんだよ。だから、こうするしかなかったんだよ。こうするしかなかったんだよ。」
キリエ「うん。私も、そう、思う。」
紗菜「でも、知らなかったんだよ。こんなに怖いなんて。こんなに恐ろしいなんて。」
キリエ「紗菜。そういう、もんだよ。だからさ、首…切っとこう」
紗菜「えっ」
キリエ「これはさ、儀式なんだよ。首と、胴体。そこだけ残してある。そこは、紗菜が、切るんだよ。」
紗菜、涙を浮かべて震えている。首を横に振っている。
キリエ「だめだよ。逃げちゃ、だめだよ。最後までちゃんと、見るんだよ。ひとつ、ひとつ。肉屋がさ…ほら…豚を解体するときにさ…一つ一つ、手際よく、効率的に、商品にしていくように、やるんだよ。ね。人って簡単にさ、壊れてさ。壊れちゃったあとは、もう、ただの肉なんだよ。でもね、私たちは、それをどうにかしなきゃならない。ね。私たちが、生きる、為に。これから。」
紗菜「やだ…やだよ………」
キリエ「いい?あいつは、もう、ただの、肉なの。…地下水路は優しい。全てを、赦してくれる。全てを、流してくれる。知ってるでしょ。ここは、聖域。1人の人間が、世界から跡形もなく消えてしまうとしたら、それ相応の物語が必要になる……ここは、物語になり得ない。こんな、街の、直ぐ近く。こんなところに人がいるなんて、誰も思わない。そうでしょ?」
紗菜「…………」
キリエ「くび。切るの。おいで。」
紗菜「……いや………え、いや……」
キリエ「来ないなら、わかる?ねぇ。私、もう、1人、やってるんだよ。2人でも、同じだよ。早くおいでよ。今、気が立ってる。ね。最後まで、付き合うから。」
紗菜「……キリエ、うえっ……(急なる吐き気で嘔吐)」
キリエ「きれいね」
紗菜「うえっ……うえっ…………」
キリエ「いい?そこからよ。常識ごと、吐き出してしまいなさい。もうね、戻れるなんて、思わないで。大丈夫。最後まで、付き合うから。」
紗菜「キリエ…キリエ……ひっく……うえっ……」
キリエ、静かにそれを見つめている。
狩りのような眼。
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